水に浮かぶ影
私はどういうわけか、毎年毎年多忙になり、読書も思うに任せない。書に親しむことは、人生のもっとも楽しく意義ある習性と心がけてきたつもりだあるが、なにせ多忙である。話題になった書物は、一度は目に通そうと思っても、なかなかその本を開くことができない昨今といってよい。そんな私への配慮であろうか、年若い友人などが、懇談のおり、ベストセラーの内容をかいつまんで話してくれたりする。
ある著名な作家が”乱塾時代”と呼ばれる現代の世相を扱った本の中に、特異な一組の母子が登場する。彼女の息子の人生コースには、東大文一→大蔵省→総理しかないと決めている。息子も固くそう信じている。そのコースに乗るために、塾選びに東奔西走し、また、大晦日から夜を徹しての席順取りも厭わない。が、さまざまな曲折を歩んだあげく、息子は大学三年浪人、母も、当初の覇気などみる影もなくやつれていく姿で終わっているそうだ。この話をしてくれた友人は「いわゆる”教育ママ”と呼ばれる人の典型なのでしょうか」と苦笑していた。
私は正直いって”教育ママ”というような言い方をあまり好まない。どこか、高みから見下ろすような、睥睨的な響きがあるからだ。現代のような教育危機の時代に、なんとか、わが子を立派に育てていこうというお母さんたちの必死の苦労は、その身になってみなければならないかもしれない。しかも、社会の荒廃もあって、そこに多くの歪みが生じがちである。その歪みにしても千差万別であって、画一的に”教育ママ”などという言葉でくくることはできないと、私は思っている。しかし、この小説にはやや極端な形で描かれているが、こうした傾向が、強まっていることも事実のようだ。多くを語る必要はあるまい。連日のように報道されている”子らの世界の悲劇”は、学校教育や家庭教育のかかえている問題の深刻さを、大人たちに垣間見せつけているから。そして、その黒々とした底辺に、学歴社会という”亡霊”がさ迷っていることも、多くの人びとの警告するところである。
私は、亡霊といった。たしかにそれは、現実社会における一つの亡霊なのではあるまいか。譲っていっても、人生真実なるものの、影の部分にすぎないのではなかろうか----

仏典に、水面に映った自分の影に翻弄される男の話が出てくる。
この愚かな男は、ある時、池の岸辺にたたずんで、水面にさかさまに映る自分の影に仰天する。
「助けてくれ!」ただならぬ叫びを聞きつけて、多くの人が駆けつける。
男は、「わたしはいま池の中にさかさまに落ちて死のうとしています!」と訴える。
人々は笑って諌めるが、男は聞き入れようとしない。それどころか、水面に浮かび映る多くの人影を指して
「あなた方こそよっぽど馬鹿ですよ。私一人だけの災難ではなく、あなた方みんなも池に落ちているというのに・・・」と言い張ってやまない。村人から見放された彼は、それでもなお、自分が池の中に溺れようとしていると信じ、助けを求め続けて、最後は悲嘆のあまり絶命してしまった、という。笑うに笑えぬ話である。

この男の顛末は、思い込みという怖さ以上に、影に脅える人生の愚かさを象徴していると思う。

この母子が望む、そこに繰りひろげられる、一見きらびやかな見栄の世界。そうした夢を追うのもいいかもしれない。しかし、それですべてが満足の軌道に乗るかといえば、けっしてそうではないと思う。
見栄には必ず嫉視がつきまとう。そして、嫉視のまなざしは、永遠に見果てぬ夢を追い続けるであろう。虚夢は所詮、虚夢でしかない。大地に踏ん張る足をもたぬ亡霊であると気づいたとき、わが人生の来し方はなんとも無残なものと化していくにちがいない。「東大文一→大蔵省→総理」にとりつかれた母親は、あの愚かな男を笑うことはできない。

私の恩師は、生前よく「自らの命に生きるべきだ」と強調してやまなかった。ああ見られている自分、こう見られている自分、それに一喜一憂し、焦ったり、劣等感で卑屈になったり、束の間の有頂天にひたってみたり。そこには、自分でなければ生き栄えていくことのできない真実の生の実感はない。それでは水面に動くあの男の影と、少しも違わないからである。
まず、腰をすえ、深く息を吸い、みずからの足元を見つめてみたいものだ。そして、他人の思惑など気にせずに、自分の道を一歩一歩、着実に歩むことこそ、賢明な生き方でなかろうか。
自らの命に生きる-----この平凡にして非凡な人生の真実に思いをめぐらすとき、私の網膜には、厳しくも温かい、わが人生にとっての恩師の笑顔が、さわやかに焼きついて離れないのである。


つれづれ随想より、抜粋


自分の人生、後悔することなく歩むため、何ものにも粉動されることなく
御本尊に唱題し仏の智慧を頂き、また、御書に照らし鑑みて・・
仏法者として誠実に生き切っていくことが、「自らの命に生きる」ということになるのでしょうか。

難しいことは、わからない^^;ですが。とにかく、↑を実践してみる。
只今、暴風雨って時もあります。^^; 多々・・・
また、立ち止まる時もあるかもしれない。考え込むこともあるかもしれない。
それでも、自分を見つめ また歩みを進めることが、今の私の「自らの命に生きる」であるように思えます^^



お気づきの点がございましたら
sakura8sakura@excite.co.jp へよろしくお願いします。 
<(_ _)>




by sakura8sakura | 2014-09-08 15:14 | 説話

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