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離れ部屋

離れ部屋

申 京淑/集英社

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33歳の申京淑さんが、無意識にも消してしまいたい記憶を一つ一つ辿りながら16才17才18才19才の自分と向き合う。

民主的な思想など権力によって蹴り飛ばされる混沌とする社会で、夢の実現という希望を見失わせる。夢を捨て生きることを選んだ人。生きることをやめた人・・・体に刻みつけた思い。心よりも体のほうが覚えていることがある。

人生というのは取り返しのつかない大怪我でもって成り立つものだということを、朧気ながら感じた。その取り返しのつかない大怪我を抱え込んで生きるためには、何か純粋なものを一つ、自分の心の中に持つようにしなければならないと。それを信じ、頼りにして生きていかなくてはならないと。そうしなければあまりにも心細くて寂しすぎると。ただ生きているだけだったら、いつかふたたび熊手鍬で足の裏を突き差したりしかねないと。

16才、熊手鍬を自分の足の裏に突き立てたあの時の傷、その痛みがうつむきそうになる自分にその時の自分が思い出させる。
大きな力の前に何の抵抗もすることができない、いや、その意味すらわかっていないまま世相の潮流に飲み込まれていく。
そんななかで、通う夜学で担任の先生の人間味のある言葉や寄り添い方に心がホッとした。
今の日本の学校教育のなかでは、なかなか難しくもあるが必要な面でもあると思った。

ヒジェ・オンニの死、あまりにも衝撃で受け止めることができなかったであろう、考えれば考えるほど・・・自分を責め、恐怖がのしかかってきただろう。記憶から打ち消してしまい思いであっただろう19才

この本を書くことで、少女時代、そして、現在の自分の無意識をさぐり本当の自分の心を確認することで、彼女が言う「ラクダの瘤のように背負ってきた」時間の歩みを進めることができたのだろう。
彼女自身「起承転結という形式を自分の手から放して」と言っているように、​書いてるその時々に、思い浮かんだことが語られていく。あまりにも唐突に頻繁に過去と現在が交錯するので、はじめは非常に読みにくく苦戦した。

はじめ、たどたどしい文章だと感じたのは、申さんが迷いながら、事実を探し出しながら文章を書いていたからかもしれない。途中からこの形に慣れてきたせいでもあったのかと思ったが、しっかりと見つめ語る姿が見えてきた。そして、情緒豊かな美しい文章が差し込まれてきた。


同い年の私、申さんの経験した人生を歩むことは到底無理だなぁ・・・ それでも、その状況であれば仕方なく受け入れていくしかないのも事実。だからこそ、申さんたちには強く明確な夢が必要だったのだろうと感じています。
自分の体に痛みを刻みつけて忘れないように。

傷口を開いて当時の心に向かい合うなかでの執筆。連載中なのだから、それを読んだ当時の級友からの言葉も彼女に刺さってくる。また、そこで無意識の中にあった自分の心をさらにみつめる。

電話線を抜く行為、ガラスに貼り付けた黒の画用紙、再び訪れた済州島でのとき

満ち潮のある瞬間と引き潮のある瞬間とは、一卵双生児のようまったく同じである。
その瞬間が過ぎると、引いていき満ちてくる、紛れもなく相反する概念を持っているけれど、互いに相反する概念へと向かうある瞬間は目映いばかりのそっくりな情景を見せてくれる。



「著者との対話」の集いで申さんの著書を差し出しながら、別途に会いたいというキム・ヨンオクさん。
キムさんと再び会った時に、あなたはわたしの作品を読んでいるけれど、わたしはあなたのことを何も知らないので具合が悪い」
と彼女に著書を買いたいと告げる申さん、本当に正直なかたですね^^
そうして、彼女の本を買いサインしてほしいと頼み、してもらう。

中国から韓国にきて1年半になりつつあるキムさんに、不自由、不便なことはないかと尋ねる。
キムさんは、生活面や食べ物、風習などでは中国と韓国の違いで違和感はないが、三豊デパート崩落事件の事故現場等そのまま、国民に視聴させていること。そして、それを視聴した国民の怒りにびっくりしたという。
 (そこで語られる中国の様子、事例に唖然とする…私。)
キムさんは、その韓国の様子に希望めいたものを感じたという。


あなたは自分が、どんなに幸せかおわかりでしょうか? あなたの作品の中には、壊されていないわが民族の、情緒がながれていまっしてよ。わたしには永遠に、もつことのできないものですわ。―― あなたの作品を読んでいると、この国で生まれ育った人の匂いがぷんぷんします。たとえそれが死であれ、愛であれ、別れであっても。そうしたものは、意図して持てるものではないでしょう。やむなくこの国を去らねばならなかった、そんな祖先を持ったことなどないでしょう?北朝鮮に親族や親戚がいるわけでもないでしょ?

中国生まれのキム・ヨンオクさんの「故郷があることがどんなに幸せなのかあなたは分かっていない。」との言葉で我を振り返る。
自分の先祖?

キム・ヨンオクさんは、
あなたの家族はここ、韓国の土地とともに暮らし、私の家族は遠い遠い中国の地で、いつも流浪意識に取りつかれながら暮らしているだけに、あなたとわたしは違いますの。わたしは中国で暮らしていても朝鮮族だし、ここにいても黒流江省からひたひとですもの。ところがあなたは、黒流江省へ行ってもこちらにいても、まったくの韓国人でしょ。だからあなたは、どこへ行ったって一緒になれますの。

申さんは、キムさんのなかの自分ではどうしようもできないものに対する思い。寂しい心情を感じ取られたのでしょう。
またお会いしましょうと約束し、一緒に伽倻山へ登ろう、あちらの海印時寺に行こうと。

このときの申さんのキムさんへの思いは、『山のある家 井戸のある家』で交わされた往復書簡での津島さんと似ているのではないかな…

この『離れ部屋』の本は、津島佑子さんとの往復書簡の形の本、『山のある家 井戸のある家』で津島さんが読まれていたことで知り、お二人がかよわす心の響きに、共鳴しあうかのように書かれるお手紙に感動して、日本人の小説家と韓国人の小説家どこに接点がありどこがお互いを引付けあったのか… と、申さんのこの本を手に取ったのです。

『山のある家 井戸のある家』で、津島さんが、申さんの「文字の外でいまわたしは、胸がひりひりして辛い」この言葉に同じ思いを、ご自分もいつも自分が自分にこう問い続けている、と書いてあった。
ひりひりとする自分自身の胸の痛みを。「作品」として自分が書き記している言葉が裏切りつづけているのではないか。そんな疑いやためらいが、私にもいつもつきまとっています。
『離れ部屋』のなかには、小説家としての申さんのこの思いも書かれています。
これは事実でもフィクションでもない。その中間くらいの作品になりそうな予感がする。
けれども、それを文学といえるだろうか。もの書きについて考えてみる。私にとってのものを書くというのはどういうことだろうか?
と、とまどいながらも書くことで、申さんは心の奥の深いところに押し沈めていた離れ部屋で過ごした時間を、この『離れ部屋』で 生きなおすことができたのだろう。


誰もが成長するために、生まれ故郷を旅立つ
申さんの家族、アボジ(父)の愚直な生き方、オムマ(母)の強引なまでの愛、大きい兄(長兄)としての責任、従妹、親せきとの繋がり。昔の日本にもあったもの。(私自身は体験ないのですが)
キム・ヨンオクさんの言葉を聞いて、どんなに物理的に距離があっても、それがどこであっても、繋がってるというものがあればそこは、「故郷の家の離れ部屋」なのだ。とも感じた。
とすると、ヒジェ・オンニの最期がよりいっそう痛ましい。つくろうとした故郷、絶望と失った夢。


これまで縁の薄かった韓国、社会的な面なども知らないことが多かった。
三番目の兄が話すデモのこと、大学生になったチャンが話す光州事件。
この本を読んで、日本に近くてあまり知らなかった国、韓国を少し知ることができました。
激しい物言いは、強く主張しなければかき消されてしまう。そんな社会を生きてきたことがあってのことなのかもしれないな…などと思った。


最後になって、申京淑さん自身のことをググってみて… 
1996年に発表した『伝説』で、一部盗作疑惑があり(2015年)それを認めたことが分かった。
これだけ、自分のことを赤裸々に書き綴った作品を書かれる申京淑さん。
とてもとても、残念に思う。

2016.12.14追記
音楽にしろ小説にしろ自分のなかに沁み込み自分のもの(感性)になったものはあります。
どこかで読んでいたのか自分ですら忘れてしまっていた文章。
大好きなものであればあったほど、自分の中に自分のものとして残っていたのかもしれませんね。
その部分だけをみて作品『伝説』すべてを否定するのは愚かなことですね。

そういう視点で見ることができてなかった私に、アドバイスをしていただきました。
ありがとうございました。

申さんも気づかなかった無意識でのことなのかもしれないですね。
辛い経験だったことでしょうが、またご自分を省みながら執筆されていかれることを願っています。








*****


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by sakura8sakura | 2016-12-13 21:06 | 読書

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