『世界の伝記』〈1〉アインシュタイン

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幼い頃のアインシュタインは、他の子どもと比べると言葉を喋りはじめるのが遅かったし、他の子ども達と一緒に遊ぶことをせずたった一人、少し離れたところから、黙ってみていた。そんなアルベルトに「退屈坊主」という綽名がついていた。

当時のドイツは軍国主義華やかな時代で、子ども達の大好きな遊びは兵隊ごっこときまっていた。そんななかでもアルベルト坊やはそうした騒々しい遊びは嫌いでいくら誘われても決して加わろうとしなかった。
軍隊を先頭に兵隊達が行進してくるのに出会おうものならたちまち泣き出してしまうし、「いつかはおまえだって、こんなふうに行進できるんだよ」と励まされても、「いやだい。ぼく、大きくなったって、こんな可哀そうな人達と一緒になんかならないもん。」と言う。そして、「だって、この人達、まるで機械にされちゃったみたいじゃないか。可哀相そうだよ。」と言う。

このときのアルベルトの答えは、ある人びとが、他の人びとによって、思いのままに何事かを強制されるということが全く我慢ならなかった。彼が生涯持ちつづけた一つの特性を象徴するものである。

もう一つの特性の一面は、自然の不思議に対する感動と好奇心とが、はじめて表面にかっきりとあらわれてきたのであった。
それは、彼が病気で床に就いていたとき、退屈しのぎにと父が与えたコンパス(方位磁石)への興味とふしぎだなぁ!という感動、彼が5歳の時のことである。

この時の父子の会話に、かの大科学者アインシュタインの片鱗が際立ってきていたのです。

また、叔父さんからの影響も大!アルベルトが、初めて数学というものの面白さを学んだんです。
巧いよね、このたとえ!
「代数を知っているかい?」
「代数はとても面白い学問だよ」
「それはちょうど狩猟のようなものだな、分からないものに、仮にXという名を付けておき、そのXを追いかけていく、そうすると、いつの間にかそのXがつかまるんだ。」


この幼い頃のエピソードが顕わすように、アインシュタインは晩年まで一貫して変わらない態度でいた。


軍隊式に則った学校制度に、小手先の機械的、技術的な訓練ばかりを押しつけようとするヴァイオリン教師に、心のない態度の者たちに対してアルベルトは心を開かない。
そんな、ギムナジウム時代に心から傾倒できた人物に、ルエスという教師が唯一人いた。
他の教師達のように、ただ、暗記暗記に終わるのではなく、古典文化の神髄を生徒達に教えようと心を砕いていた。とりわけ、この教師が行なった、ゲーテの『ヘルマンとドロテア』の購読は、芸術に対しても強い感受性を持っていたアルベルトの心を魅了した。


アインシュタイン家では、ユダヤ教の慣習を殆ど振り捨てていたが、唯一つだけ、良い風習を守り続けていた。毎木曜日に、ユダヤ人の貧しい学生を家に招き、食事を供することである。
このようにしてアルベルトの家を訪れていたロシアから来たユダヤ人の医学生が、アルベルトに与えた本『国民自然科学読本』動物、植物から地学、天文学に至るまで広範囲な自然科学基礎知識やトピックスを、素人にも判り易く述べており頁を開くやたちまちその擒になった。それ以来、ビュヒナーの『力と物質』などをはじめ、この種の本を片端から読み始めた。

「数学も面白いけれど、自然科学、なかでも物理学や天文学はもっと面白いな」アルベルトは思った。なかでも彼は、ニュートンの偉大な業績に瞠目した。それはたった三つの運動の法則と万有引力の法則とから、この宇宙の動きのすべてを解明しようとする実に大胆で素晴らしい挑戦であった。


大科学者アインシュタインへの第一歩と言うべき出会いですね。


困難な事態は次々と起こってくるのですが、楽天的な性格からくるものなのか、物事を悪く捉えないような考え方をしているようにみえた。そして、これだけは譲れない!という幼き頃に感じた二つの哲学と平和主義を掲げ自分の目指す道を進み続けていくのです。

軍国主義な色合いのミュンヘンを嫌い、ドイツ国籍を捨てミラノへ。イタリア国籍を取得するのか?と訊く父に「いいえ。ぼくは当分どこの国籍も持たないつもりです。こんな狭い地球の上で、国だの民族だのといって張り合っているのが、ぼくには奇妙に思えてならないのです」といった、アルベルト。ギムナジウムを中途放棄した頃の話だから、16歳ころでしょう。
もうすでに、アルベルトの見る世界は一国に留まってはいない、というよりそんなことに執着していないのです。


ここからは一途に物理学の道を開き究めていくのです。

友と議論しあうのも、彼女と語り合うときも、自分が読んだ本について、いつも誰かに話してきかせたくて仕方がなかった。そうやって話しているうちに、ますます深くその知識が頭の中にしみ込んでいくのである。

幼き頃に父から与えられたコンパスに興味を持ち、なぜ?どうして?とことんまで質問攻めにするほど探求していたように、自分の頭の中でなぜ?どうして?こうなるのか?ならばこうすればどうだろう?頭の中で描く。それを友にノートの端に略図を画きながら話す。

基本、こういった研究が出来れば他のことへの執着はないといっていいほどの生活。徹底してます^^ 貫いてます!


特許局時代でのアインシュタインは、誰に対しても同じように親切で丁寧、そして公平であった。服装は一着を十年も着続け、履き物は緑色のスリッパともサンダルともつかないものであった。

「一体、官吏として成功するコツは何だろうね?」と尋ねた友人に、A=x+y+z と公式を書いてみせた。
「いいかね、君、Aは成功、は仕事、は遊び、は沈黙だよ。わかるかね?」
@@;なるほど~!でも、表現は公式なのね ( ̄∇ ̄;)


本書の著者瀬川さんが、巻末に記載されている参考文献の数々から得た、たくさんのエピソードが絶妙な文章で紹介されています。

「絶対静止エーテル」は幽霊?の節は理論を討議している場面なんだけど、これ科学の講義だったら理解するのが難しいようなことなんだけど、こういってはなんなんだけど… おもしろい!

「だが、どうもぼくには、こういう人工的な操作は眉唾ものに思えて仕方がないのだよ」
「王様に、ありとあらゆる着物を着させてはみたが、その着物も王様も、目に見ることができないい……もしかしたら、本当は裸ではないのか?否、それどころか、王様そのものも、実在しない幽霊だったのではないだろうか?。」
言い換えれば、仮説の仮説を補うようなつじつま合せは嫌いなんだ!といっている(と思う…と感じる^^;)

「そのエーテルを否定してしまったら、ニュートンの絶体静止はまたしてもその拠り所を失ってしまうじゃないか?」
「そうだよ。」アインシュタインは平然と言い放つ。
「絶対静止のエーテルがなければ、絶対静止はまた抽象的な概念になってしまうだろう。が、それがどうしていけないのかね?偉大なニュートンには申しわけないが、ぼくはどうも、その点に関する限り、ニュートン先生が間違っているように思う。元来、実際に観測することもできない『絶対静止』だの『絶対運動』だのという概念を、物理の世界に持ち込む事自体が可笑しいんじゃないのかな?」(中略)
絶対静止のエーテルなんて、幽霊みたいなものは、物理には無用なんだ。いや、この考えはきっと間違っていないとぼくは思う」

長々と抜き書きしてしまったけど、この思考がアインシュタインの思考をよく顕わしていると思った。
世間一般に認められている偉大なニュートンですら、自分の思考のなかで間違っていると判断したら、それが不敬罪に相当する重大な告発であったとしても、そう言うのだ。また、特許局に持ち込まれた一般素人(農夫でしたが^^)が発明したものであっても、それが事実正しくあり評価されるものであればきちんと評価されるように助言する。誰に対しても同じように親切で丁寧、そして公平であったのです。



ずいぶん端折りますが(汗)こうしてXを追い続けて、相対性理論誕生へと繋がっていくんです。

子どもの時のふしぎだなぁ!って思う感覚を大切していきたいですね。



そうそう、この伝記を読む前の私の識るアインシュタインって?
すっごく頭が良くって、難しい問題もスラスラ解いていく。そして、一般人にはとうてい難解な相対性理論を発表した科学者。
原子の研究(?)をして、原子爆弾の開発に携わった人。晩年は平和への活動に従事していた。
だったわけでしたが、この伝記を読んでから “人間アインシュタイン”をみてみると、平和主義者で偏見差別を極力しない、威圧的な強制力には断固従わない。自分の意思というものをしっかりともってブレない。心の優しい人。という姿がみえてきました。

もっと、たくさん紹介したい愉しく読めるエピソードがあるんですが… 書き切れません^^;

最後に原子爆弾が日本に落とされた前後にアインシュタインが取った行動からみても、原爆投下はどうしても止めたかったはずであろう。
日本への原爆投下の報に接し、アインシュタインは「アハ ヴェー(ああ、悲しい)」と呻くように叫んだまま絶句したという。

二度と再び、人類の頭上でこの悪魔の笑いを轟かせることがあってはならない。1946年5月、原子爆弾の危険性を人びとに訴えるための「原子科学者協会」が結成されると、アインシュタインはその会長となった。就任式の席上、彼は、次のような声明書を発表した。
  
 われわれの世界は、今までにない重大な危機に直面しています。善悪どちらにも使える巨大な力が生まれたのです。原子力の解放は、われわれの考え方を除くすべてを変えてしまいました。われわれは、素手のままで、破局へと押し流されようとしています。
この問題の解決は、人類の心のうちにあるのです。

1950年2月12日、アメリカの水爆製造決定に抗議して、アインシュタインは声明を発した。

 もしも水爆が完成すれば、その爆発は、放射能で大気を汚染し、結局、地球上の全生命を亡ぼしかねません。核兵器の進歩にはとめどがなく、どこまでも進みます。その最後にはっきりと見えるのは、生物のみな殺しの情景です。

懸命に訴え続けたのですが……

「地上での私の仕事は終わった。」 自分の死が近いことを語った。
 彼は二度もその言葉を言った。そこからは感傷も後悔も感じられなかった。彼はもともと自分の死には無関心であった。
 まだ彼が若い頃、1916年に重病に罹り、一時は生命が危ぶまれたことがあるが、このとき彼は、ある人に、死が恐ろしくないかと尋ねられて、こう答えている。
「いいえ、私は、あらゆる生命と一体になっているので、この限りない流れの何処で、生が始まろうと終わろうと、私にはどうでもいいのです。

「死の床であろうと、いつであろうと、そんな質問は私の興味をひきません。私は、ごく小さな自然の一つの粒子にすぎないのですから。」

「生命は、人の心を感動させる情景です。それは私の気に入っています。しかし、私があと三時間で死ぬことがわかったとしても、大した印象は受けないでしょう。その場合は残された三時間を、どうすれば最もうまく利用できるかを考えるでしょう。それから、自分の論文を整理して、静かに横たわり、死んでいくでしょう。

 「芝居がかったことにさえならなければ、私の遺体の処置は、喜んで医師に任せます。私はユダヤの聖者のように言われていますが、如何なるタブーも私には無縁です。それどころか不愉快であります。」


幼少時から最期の時までを描いた伝記、一人の人間の生き様が伝え残されています。
わたしたちは、彼ら先人の残してくれた生き方が示す意志、言葉をしっかりと胸に刻んでおかなければならない。そんな思いでいっぱいになりました。

最後のページには著者である、瀬川昌男さんの言葉で締めくくられています。ちょっと長いですが全文記しておきます。(この本は昭和56年3月10日発行です)

 アインシュタインの死後四半世紀を経た今日、世界はいまなお完全なる平和をその手にしてはいない。
 西側は余りにもヒステリックに東側の脅威を説き、東側はまるでそれを裏付けるかの如く軍拡に余念がない。
 そして今やわが日本もまた、その東西両陣営の真只中にあって、激しい対立の渦の中に巻き込まれようとしている。
 心から平和を愛し、戦争を憎んだアインシュタイン……そして、日本については、日本人の質朴さ、簡素さ、芸術を愛する心、日本の精神の純粋さと平静さを讃えたアインシュタイン……。
 彼はいま、彼岸にあって、この世界を、そして日本を、どんな気持ちで見詰めていることであろうか。


言葉を失いました。

「あとがき」での瀬川昌男さんの筆致も鋭く、たった4頁にその思いを綴られています。

う~ん、全文書いておきたいほどですが… SF作家らしい末文のみ記しておきましょう。

 だが、いつの日か、われわれが亜光速宇宙船に乗って、恒星系から恒星系へと飛び回る時代が来るならば、初めて相対論効果もわれわれの体験事実となる。そして、その時にはもはや誰一人、相対性理論の真理であることを疑うものはなくなるであろう。


 300頁ちょっとの児童向けの伝記、侮れません!
参考文献、
伝記関係で、外国語書6冊、日本語書14冊
相対論関係で、外国語書4冊、日本語書20冊

これは読まないと損ですよ!








✿✿✿

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by sakura8sakura | 2017-10-14 01:02 | 読書

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