『君たちはどう生きるか』おじさんのNoteに深い感銘を抱く

君たちはどう生きるか (ワイド版 岩波文庫)

吉野 源三郎/岩波書店

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14歳の頃に出会い読んでおきたかった!
そして、コペル君の叔父さんのような人がそばにいて欲しかった、とも思った。

と、いまさら言っても仕方がないですね。^^;
ならば、今の自分にできることはなんだろう…
コペル君の叔父さんのような人になろう!なれるように努めようと言うほうが正しい表現かもしれない。
学べ自分!!! 

中学二年生の本田潤一君、通称コペル君
あるとき、叔父さんと一緒に行ったデパートの屋上から見下ろした東京市、多くの人間が行き交うその様子をみて妙な気持ちになった。
 どこかで自分の知らないところで、じっと自分を見ている眼があるような気がしてなりませんでした。
 見ている自分、見られている自分、それに気がついている自分、自分で自分を遠く眺めている自分、いろいろな自分が、コペル君の胸の中で、波のようなものが揺れてきました。いや、コペル君自身が、何かに揺らされているような気持ちでした。
 コペル君の前に茫々ととひろがっている都会には、そのとき、眼には見えない潮が、たっぷりと満ちていました。コペル君は、いつのまにか、その潮のなかの一つの水玉となり切っていたのでした――

 「人間て、叔父さん、ほんとうに分子だね。僕、今日、ほんとうにそう思っちゃった。」(コペル君)
 「そのことは、ようく覚えておきたまえ。たいへん、だいじなことなんだよ。」(叔父さん)

この日のことが起案となって、叔父さんのコペル君に伝えたい事を書き綴った「おじさんのNote」がうまれた。

コペル君に起こったことに対して、叔父さんの思いや助言などが書かれていく。

言葉で書き残すということは、叔父さんにとってもじっくりとコペル君に向かい合うことができたであろうし、後に読むコペル君も、当時のことを思いだしながら冷静に叔父さんの言葉をかみしめながら考えることができたであろう。と思うと、なんて素敵なことなんだろう!と思った。



~おじさんのNote~ から考えてみた。

 ものの見方について
 自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理は、そういう人の眼には、決してうつらないのだ。もちろん、日常僕たちは太陽がのぼるとか、沈むとかいっている。そして、日常のことには、それで一向にさしつかえない。しかし、宇宙の大きな真理を知るためには、その考え方を捨てなければならない。それと同じような事が、世の中のことについてもあるのだ。
 だから、今日、君がしみじみと、自分を広い広い世の中の一分子だと感じたということは、ほんとうに大きなことだと、僕は思う。僕は、君の心の中に、今日の経験が深く痕を残してくれることを、ひそかに願っている。今日君が感じたこと、今日君が考えた考え方は、そうして、なかなか深い意味をもっているのだ。それは、天動説が地動説に変わったようなものなのだから。
叔父さんがこの時のことを潤一君が忘れないように、「コペル君」という綽名をつけたのである。
潤一君にとってとても大事な出来事であり、叔父さんのこう言う思いから名付けられたコペル君という綽名は、潤一君の心に気高く光り輝き深く埋め込まれたであろう。ここだ!という絶妙なタイミング!そのときを逃さないこともいかに叔父さんがコペル君のことをよく観ているか(心を寄せているか)ということもうかがい知れます。大きく見習うべし!!! ←(自分に言い聞かせている)


 真実の経験について
 「この言葉(父の思い)を、僕は、ここにしっかりと書きとめておく。君は、これをおなかの底にグッと収めて、決して忘れまいと考えているんだ。
コペル君の亡き父の思いをしっかりと伝えていこうとされていることにも感動した。


 自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えていくことなんだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしてことを、少しもゴマ化してはいけない。そうして、どういう場合、どういう事について、どんな感じを受けたか、それをよく考えて見るのだ。そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、繰りかえすことのない、ただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかって来る。それが、本当の君の思想というものだ。これは、むずかしい言葉でいいかえると、常に自分の体験から出発して正直に考えてゆけ、ということなんだが、このことは、コペル君!本当に大切なことなんだよ。ここにゴマ化しがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、言ったりしても、みんな嘘になってしまうんだ。

言葉で説明することは出来ても、ほんとうに自分自身で体験しないとわかることは出来ないんだと言うことを伝えている。
ヘッセの『シッダールタ』にもこのようなことが書かれていたなぁ…

 世間の眼よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。そうして、心底から、立派な人間になりたいと気持ちを起こすことだ――(中略)――いつでも、君の胸からわき出てくるいきいきとした感情に貫かれていなくてはいけない。「誰がなんていったって――」というくらいな、心の張りがなければならないんだ。

 いろいろな経験を積みながら、いつでも自分の本心の声を聞こうと努めなさい、ということなんだ。
 ―― 何が君をあんなに感動させたのか。――(中略)―― どうして君が、あんなに心を動かされたのか。

しっかりと自分を見つめることをしなさいということですね。


 人間の結びつきについて――なお、本当の発見とはどんなものか――
 コペル君が気づいた「人間分子の関係 」とは、以前読んだ牧口常三郎著『人生地理学「吾人と世界」』に書かれていたことと同じことだ!と、思った。 経済学や社会学で言えば、「生産関係」というのだそうだ!!!

 君に考えてもらわなければならないのは、本当に人類の役に立ち、万人から尊敬される発見というものは、どんなものか、ということだ。それは、ただ君がはじめて知ったというだけでなく、君がそれを知ったということが、同時に、人類がはじめてそれを知ったという意味をもつものでなければならないんだ。にんげんは、どんな人だって、一人の人間として経験することに限りがある。しかし、人間は言葉というものをもっている。だから、自分の経験を人に伝えることも出来るし、人の経験を聞いて知ることも出来る。その上に、文字というものを発明したから、書物を通じ、お互いの経験を伝え合うことも出来る。そこで、いろいろな人の、いろいろな場合の経験をくらべあわすようになり、それを各方面からまとめあげてゆくようになった。こうして、出来るだけ広い経験を、それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが、学問というものなんだ。だから、いろいろな学問は、人類の今までの経験を一まとめにしたものといっていい。そして、そういう経験を前の時代から受けついで、その上で、また新しい経験を積んで来たから、人類は、野獣同然の状態から今日の状態まで、進歩して来ることが出来たのだ。

 人間は、人間同志、地球を包んでしまうような網目をつくりあげたとはいえ、そのつながりは、まだまだ本当に人間らしい関係になっているとはいえない。だから、これほど人類が進歩しながら、人間同志の争いが、いまだに絶えないんだ。

 人間は、いうまでもなく、人間らしくなくちゃあいけない。人間が人間らしくない関係の中にいるなんて、残念なことなんだ。たとえ「赤の他人」の間にだって、ちゃんと人間らしい関係を打ちたててゆくのが本当だ。

 では、人間に人間らしい関係とは、どういう関係だろう。
母が子をおもう心、子のためにつくしているということが喜びであるように
 人間が人間同志、お互いに好意をつくし、それを喜びとしていることほど美しいことは、ほかにありはしない。そして、それが本当に人間らしい人間関係だと、―― コペル君、君はそう思わないかしら。



 人間であるからには――貧乏ということについて――
 たとえ貧しくともそのために自分がつまらない人間と考えたりしないように――また、たとえ豊かな暮らしをしたからといて、それで自分を何か偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としての値打ちにしっかりと目をつけて生きてゆかなければいけない。
 叔父さんは、コペル君が浦川君の境遇を蔑んでいないことを褒め、また、そういう境遇にコペル君自身がなったときに自信を失わず堂々と世の中に立ってゆけることが出来ないうちには決して自分が上だと思う資格はないのだと言い切っている。
もしも、そういう思いや態度になったとき、人間として肝心なことのわからない人間、その意味で憐れむべき馬鹿者になってしまうのだと。

 さて、これだけの事をおなかの中にちゃんと収めて、その上で君に考えてもらいたいことがある。
 君は、毎日の生活に必要な品物ということから考えると、たしかに消費ばかりしていて、なに一つ生産していない。しかし、自分では気がつかないうちに、ほかの点で、ある大きなものを、日々生み出しているのだ。それは、いったい、なんだろう。 
 お互いに人間であるかるからには、誰でも、一生のうちに必ずこの答えを見つけなくてはならないと、僕は考えている。
 とにかく、この質問を心に刻みつけておいて、ときどき思い出しては、よく考えて見たまえ。きっと、君は、そうしてよかったと思う日があるだろう。 いいかい、では、忘れちゃあいけないぜ。
 



 偉大な人間とはどんな人か ――ナポレオンの一生――
 ところで、僕は、いつだったか君に向かって、何か心を打たれたことがあったら、よくそれを思いかえして見て、その意味を考えるようにしたまえ、といったことがあるね。では、今晩は、なぜナポレオンの一生が僕たちを感動させるのか、それを一つ君といっしょに考えて見ることにしよう。

 そうだ、ナポレオンはたしかに偉大な人物だった。英雄という名にふさわしい英雄だった。逆境から身を起こして、権勢の絶頂まで駆けのぼっていった青年時代は、いかにも若々しく、はなばなしく、キビキビしていて、伝記を読んでさえ眼が覚めるようだし、また世界歴史の王者として、ヨーロッパ全体に君臨していた全盛時代と来たら、まるで太陽のように壮麗だ。そしてその没落もまた、一つの立派な悲劇となっている。ゲーテほどの人さえ感嘆したもの、君たちがナポレオンを崇拝するのも、まったく無理はない。しかし、――、しかし、コペル君、僕たちがナポレオンの生涯を見て感嘆するのは、そのすばらしい活動力のせいだという、この一事を、君たちは決して忘れてはいけない。

 Q、ナポレオンは、そのすばらしい活動力で、いったい何をなしとげたのか。
 コペル君、なにもナポレオンについてだけではない、こういう風に質問して見ることは、どんな偉人や英雄についても必要なことなのだよ。

 ところで、コペル君、こういう質問をするとき、僕たちはしっかりと、何万年にわたる人類の、長い長い進歩の歴史を思い浮かべていることが肝心なのだよ。なぜかというと、ナポレオンだろうが、ゲーテだろうが、――いや、太閤秀吉だろうが、乃木大将だろうが、すべて、長い長い人類の歴史の中から生まれて来て、またその中に死んでいった人々なのだから。
 君もよく知っているとおり、人間は最初から人間同志手をつないでこの世の中を作り、その協働の力によって、野獣同然の状態から抜け出して来た。(中略)コペル君!君の精神の眼を一度この広大な眺めの上に投げ、そのはるかな流れの中に、偉人とか英雄とか呼ばれている人々を眺め直して見たなら、君はどんなことに気づくだろうか。

 第一に君は、今まで君に眼に大きく映っていた偉人も英雄も、結局、この大きな流れの中に漂っている一つの水玉に過ぎない事に気がつくだろう。次いで、この流れにしっかりと結びついていない限り、どんな非凡な人のした事でも、非情にはかない」ものだということを知るに相違ない。――彼らのうちのある者は、この流れに眼をつけて、その流れを正しく押し進めてゆくために、短い一生をいっぱい使って、非凡な能力をそそぎつくした。

 英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬が出来るのは、人類の進歩に役立った人だけだ。そして、彼らの非凡な事業のうち、真に値打ちのあるものは、ただこの流れに沿って行なわれた事業だけだ。
 同じ偉人といわれている人々の中に、ナポレオンとは全く別な型の人々のあることを君は知るだろう。
 そして、これだけの事をしっかりと理解したのちに、君は、改めてナポレオンから学び得るものを、うんと学ばなければならない。彼の奮闘的な生涯、彼の勇気、彼の決断力、それから、あの鋼鉄のような意志の強さ!こういうものがなければ、たとえ人類の進歩につくしたいと考えたって、ろくなことは出来ないでしまうのだから。殊に、どんな困難な立場に立っても微塵も弱音を吐かず、どんな苦しい運命に出会っても挫けなかった、その毅然たる精神には、僕たちは深く深く学ばなければならない。

 ――君も大人になってゆくと、よい心がけをもっていながら、弱いばかりにその心がけを生かし切れないでいる、小さな善人がどんなに多いかということを、おいおい知って来るだろう。世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ。


 人間の悩みと、過ちと、偉大さについて
 「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると、同じ関係にある。人が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たことがある。」これは、ゲーテの言葉だ。
 僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。
 だから誤りを起こすこともある。
 しかし――
 僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。
 だから、誤りから立ち直ることも出来るのだ。
 そして、コペル君、君のいう「人間分子」の運動が、ほかの物質の分子の運動と異なるところも、また、この点にあるのだよ。



人間分子の一つであるという自覚、その一つの分子である自分というものはどうありたいと考えているのか?何に感動し何に心動かされているのか?をしっかりと見極めることによって、自分の思想というものが見えてくるのだと言っているのだと思った。
その思想を胸に、この社会のなかで君はどう生きるのか?と問われているのだろう。
コペル君が抱いているであろうその思想を貫いて生きるのは並大抵な事ではない、強い意志と精神力、素早い決断力と行動力が必要なんだと。ナポレオンの生涯からそれを学びなさい。と、叔父さんはコペル君に様々なナポレオンの話を聞かせている。
叔父さんも、しっかりと学んできたのだろう。その上で、自分が体験したことでないと本当に理解することはできないのだとも断言している。

先人が歩みを伝え残した書物などを読むことで知識として学び、自分が経験したときにそれらのことを重ね合わせて自分の頭で考えることができる。これが学ぶということであり、そう積み重ねていくことによって、どう生きるか?に答えることが出来るのだと思った。

14歳からずいぶん経った今だからこそσ(^◇^;)、これらのことを踏まえ丁寧に生きていこうと思った(o^^o)








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by sakura8sakura | 2017-10-29 11:28 | 読書

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