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民の心に聴く
 この世でもっとも、支払いもなく、それであって絶対に不可欠なものは、空気と水である。澄みわたる天空の舞台に生きることのできる人生と、流れゆく水と海は、私どもの人生にとっての、まことにありがたき価値の存在と言ってよい。
 ともかく、この水を、この空気を、この緑を、そしてまたそれに連なるもっとも大切な少年の心を、母親の心を、守りに守っていくのが、政治の政治たる目的でなければならないはずだ。

 中国古代、聖天使と知られた堯帝のころの物語である。
 堯は王位について以来、ひたすらに善政を心がけ、天下の人びとから慕われていた。太平無事の生活が続くこと五十年、あまりの平穏に、かえって堯の心は不安になるのであった。本当に天下はうまく治まっているのか___。
 そこで堯はある日、目立たぬ衣服に身をやつし、おしのびで視察に出た。そして、とある四辻にさしかかると、子供たちが手をとり合って遊びながら、堯帝を称える歌を唱和していた。
 子供たちまでが自分の政治に満足している様子に、いっときは安心するが、すぐまた堯の心に不安の影がさしてくるのであった。どうも子供の歌にしてはできすぎてはしないか、と。
 その不安を追い散らかすように、堯はさらに歩を運ぶ。
 いつしか町のはずれまで来てしまったとき、かたわらに白髪の老農夫が一人、なにやら頬張りながら、木ごま遊び(撃壌)に夢中になっているのが目に入った。
 腹をたたいて拍子をとりながら、一人つぶやくように、だが楽しそうに歌っているのであった。

 日出でて作き 日入りて息う 井を鑿り飲み 田を耕して食う 帝力我に何かあらんや

これを聴いて堯の心は晴ればれとし、たちまち不安は一掃された。民衆が平和を満喫し、鼓腹をうち撃壌をして楽しんでいるのは、政治がうまくいっている証拠である。帰路、堯の足どりは、ことのほか軽かった、とある。(『中国故事物語』より)
 “鼓腹撃壌”の故事として知られているものである。
 「帝力我に何かあらんや」__後藤基巳氏の訳によると「天子さまなぞ/おいらの暮らしにゃ/あってもなくても/おんなじことさ」となる。
まことに政治の本質をいい得て妙ではなかろうか。堯帝の善政は、水や空気のように人びとの生活に溶け込み、それと意識されることなく民を守り、暮らし隅々まで潤していたのであろう。
 私はそこに、政治の一つの理想の姿を見る思いがするのである。
 もちろん、これは古代の伝説的故事ではある。混迷と複雑化をきわめる現代社会からは、はるかに遠い。
 しかし、堯と、それに続く舜の治世が、永く語り継がれてきたのは、人びとが堯舜の世に、現実の世に得られぬ理想の政治家像を仮託してきたにちがいない。いわば、この故事には、現実政治の矛盾と乱れに苦しむ、民衆の切なる願いが込められているといってよいだろう。
 無為にして治まる、と一口にいうが、そこには無私の心で民の声に耳を傾ける姿勢がある。“天子さまなぞ関係ない”といわれて喜ぶ、指導者の大きさがあった。
 日蓮大聖人御遺文集のなかで「堯舜等の聖人の如きは万民に於て偏頗無し人界の仏界の一分なり」と述べられている。
 堯や舜が万民に対して偏頗の心なく、平等に善政を行ったのは、人の生命に備わっている、仏界の働きの一分のあらわれともいえる、というのである。

 今の世の、政治の在り方はどうだろう。
 ロッキード、ダグラス、グラマンなどの航空機疑獄、KDD、税政連、トバク事件など、 “鼓腹撃壌”どころか、寸刻も政治監視の目を離すことはできないありさまである。

 今回の衆参両院同時選挙(昭和55年)で、政治の浄化ということが大きな焦点となっていることに、私は感慨新たなものがある。というのも、昭和三十年代、我々が有志を政治の世界へ送り出したとき、もっとも強く訴えたのが、この点であったからである。
 当時は「素人論議だ」といったたぐいの嘲罵が、数多く投げかけられたものである。それから二十幾星霜、政治の浄化は、今や国民的課題となってきているのである。
 ことしの初め、私はこの随想で、日本の現状は「噴火山上に踊る」ありさまにほかならない、と述べた。どうやら火口は噴煙をあげ、多量のマグマ(岩漿)を流し始めたようである。
「天の聡明は、我が民の聡明に自(したが)う」と古えの賢人もいった。日本の前途を大事に到らせないためにも、賢明なる民衆の存在、民衆の政治選択というものが、今ほど大切になってきた時代もないと思うのである。

全文 



 この「つれづれ随想」の記事が書かれたのが、昭和53年(1978)です。
 あまりにも、今このときに必要なことが書かれていて、びっくりしています。全文をそのままタイプさせていただきました。

 
 庶民を子供たちの未来を、環境を含め、守りに守っていくのが、政治の政治たる目的でなければならないと言われているのです。
 絶対に不可欠なもの、空気と水のような政治家であれと。
 そのためには、庶民の声をまず聴く姿勢であれと。強制的にことを進めていく政治であっては、国民との意識のズレが生じてきてしまうのだろうと思います。

 身を目立たないようにして、お忍びで世を見るということは、権力などの力などに影響されない庶民の本当の姿を知ろうという行動でしょう。

 また、私たち庶民においても、政治に無関心でいることに警鐘を鳴らされています。
賢明な庶民が政治を選択していく先に未来があることを。
 賢明であれ。
そのためには、ことの判断をするときに、今一度、こうすることで自分の未来がどうなっていくのかということを自身の身にあてはめて考えることが大事になってきます。




 先日、息子と原発関連のニュースを見ていて、こんな話をすることがありました。

そこで働いている人の雇用問題もあるし、エネルギーの供給安定などから、再稼働に賛成。になるんじゃない。と・・・

そうだね。
だけど、原発を稼働させるということは、福島の原発事故が起こる可能性も常にあるということだよ。

もし、原発事故が起きたならその責任は政府が持つと言ってるし。

そうだね、今の安部政権はそう言ってるね。
だけど、現時点でも福島の件が解決できてないのよ。
建築物は必ず劣化していくし、何より使用済み燃料の処理の問題も解決していないしね。
こんな危険があることがわかっているのに。

でも、もう、決まったんじゃないの?

まだだと思うよ、大筋で決まっていくだろうってことでしょうけど、
国立競技場のようなこともあるわけで、もう決めたことだからと進んでいくしかない!というような考えだけで進めるのはどうかな?
まして、原発のようなことは、自然界で自然に起こるようなことではないのよ、人為的に作られたものには必ず反する現象も起きるわけで・・・(ちょっと説明ができにくくなってきましたが^^;)
そうそう、自然にかえらないってこと。

どういう方向に進んでいくかどうかを選択するのは、君たちにあるんだよ。
なぜなら、今、国会などで決まっていく法案や方針は、これから先も、君たちが背負っていくことなのだからね。

母さんは、持続可能なエネルギーへの転換を考えていかなければならないと思ってるんよ。
現実問題として、今すぐにとはならないかもしれないけど。そういう方向で考えていくことが、自分の未来を考えるということになるんじゃないかな?
そのためには、話し合いをして少しずつでも持続可能なエネルギーへ移行していくほうが賢明だと思うんだけどなー


とまあ、こんな風に話し合ったんですけどね。

青年よ、政治を監視せよ!と戸田先生の言葉です。


息子と話した後、少し調べてみましたが、原発を止めるのにも大変なんですね。
ここでは書きませんが、始める前に終わり方をしっかりと見据えていくことが、本当に大事だと痛感しました。
何事も、知ることが大事ですね!
ほんとうに・・・
無関心、考えない、なんてとんでもないことです。



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by sakura8sakura | 2015-10-09 19:42 | 説話
有為の雲
 日蓮大聖人は御遺文集の中で「秋の暮に月を詠めし時戯れむつびし人も月と共に有為の雲に入りて後面影ばかり身にそひて物いふことなし月は西山に入るといえども亦こん秋も詠むべし然れどもかくれし人は今いづくにか住みぬらんおぼつかなし」と、人生の無常なる一面を述べられつつ、日々確たる人生を築きゆくことの大切さを教えられている。

 「有為」とは「無為」に対することばで、流転し消滅しゆく事物を指す。
 たしかにそれも大切であろう。しかし「有為」がすべてと思っていると、それらが厚い雲の陰に隠れてしまったとき、残るのはいいようのない空しさだけではあるまいか。

 ちょうど、イワン・イリッチがそうであったように___。
 限られた人生である。なにが「本当の事」であるか見失うことのない求道と前進の日々、そして生涯そうでありたいものである。

 池田先生は、ここで、4つの書を引用してくださっています。
 太宰治『走れメロス』 友情の真髄の証
 吉田兼好『徒然草』 病に限らす人生の登攀路にあって多くの苦難というものがもたらす、人間の内面的な深まりを示唆

 そして、トルストイ『イワン・イリッチの死』
一人の平凡な人間が、病気に襲われたことを契機に、徐々に人生の真実に目覚めゆくさまを描いた傑作。
 生死の問題を描いて、文豪の筆はたぐいまれな冴えを示しており、長編にも劣らない、人の心に訴えるなにかがある。
 「今の彼イワン・イリッチを造りあげた時代が始まるやいなや、その当時よろこびと思えたものが、今の彼の目から見ると、すべて空しく消えてしまい、なにかやくざなものと化し終り、その多くは穢らわしいものにさえ思われた」
 そして死の二時間前、一つの啓示がおとずれる。「本当の事」。死の恐怖が去り、死の代わりに光があった。『いよいよお終いだ!』誰かが頭の上で言った。彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。『もう死はおしまいだ』と彼は自分で自分に言い聞かした。『もう死はなくなったのだ』。臨終。

つれづれ随想より 一部抜粋


 人生をどう生きるか、人それぞれであるだろうけど・・・
イワン・イリッチがそうであったように___。
自分の死を目の前にしたとき、どんなことが思い廻るのでしょう・・・

 9月27日の聖教新聞に、池田先生の詩が掲載されていました。
 単に“生きている”だけなら、わざわざ苦しい山登りなどする必要はない。
 登山は、
 あえて「困難に挑もう」とする文明人の行為である。
 宗教もまた、
 単に“生存している”だけなら必要ないかもしれない。
 しかし、「よりよく生きよう!」「より高い境涯を登ろう!」
 とした時、
 正しい宗教が必要となる。
 登山が文明人の行為であるがごとく
 宗教も
 文化人、文明人の証なのである。
 「知性なき宗教」は独善になる。
 しかし、単なる「知性」だけでは、
 「幸福」は生めない。
 「知性」が人類に
 欠けているのではなく、
 欠けているのは
 「慈愛をもった知性」である。
 つまり「智慧」である。
 これを広げるのが広宣流布である。

 ただ純真というだけでは、
 縁に紛動されやすく、
 悪しき権威に利用されやすい。
 自分自身できちんと
 正邪を見極めていける、
 確かなる信仰者を
 一人でも多くつくっていく___
 これが今、最も正しく、
 最も大事な将来への道である。

 「学は光」であり、
 「知は力」である。
 学理、道理には、
 国境を超えて、万人を納得させる
 普遍の光がある。
 暴君さえも屈服させる
 正義の力がある。
 学ぶのだ、民衆のために!
 学ぶのだ、勝利のために!
 「悩める一人を幸福にするため」に
 貪欲に学ぶのだ。

 「生命」という妙なる実在を究めんとする営みの中で生まれた。
 閉ざされた主観に安住せず、知を求め、知との対話によって、信を深め、人間の完成と平和の社会を目指す__ ここに名誉会長の示す世界宗教がある。

 正しいものを正しいと見極められる目を養うこと、心を磨くこと(お題目)。
学んだ知識を智慧とし、慈愛を持ってどう伝えていくのか。
ここ数年、自分の課題として取り組んできたこと。間違っていなかったのだなぁと嬉しく思い、また、もっと深いものであったのだと強く思いました。

 今日も朗らかに自分らしく一歩前進♪ と、「法華経の心」で生き、「法華経の心」を伝えていこうと日々を送っています。



「無為」であること。老子の言葉である「無為自然」と生きるといいんでしょうね^^
「無為自然」とは、人間にとって「どう生きるべきか」の指標となるものです。

 『一生成仏の信心 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。』一生成仏抄(御書383~384p)










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by sakura8sakura | 2015-10-03 13:00 | 説話
  

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