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『ゲド戦記 外伝』 Tales from Earthsea 《まえがき》に学ぶ

(5)原題  Tales from Earthsea (2001)

ゲド戦記別巻 ゲド戦記外伝 (ソフトカバー版)

アーシュラ・K. ル=グウィン,Ursula K. Le Guin/岩波書店

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『ゲド戦記 外伝』 Tales from Earthsea を開いたが…



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今回は《まえがき》がある。

読みはじめてみると、冒頭からグウィンさんの「とまどい」が綴られていた。

「ゲド戦記」の四巻目、『帰還』の最後で、物語は私がああ、「現在(いま)」だ、と感じる地点に達していた。だが、いわゆる現実の世界の現在(いま)と同じで、次はどうなるか、私にはわからなかった。
もちろんその先に起こりうることを推測したり、予言したり、心配したり、期待したりすることは、しようと思えばできなかったわけではない。だが、私にはとにかくわからなかった。

テハヌーの物語を続けることができず(なぜなら、まだ起こっていなかったのだ)、ゲドとテナーの物語は「そのあとふたりはいつまでもしあわせに暮らしました」の段階に到達したと愚かにも思いこんで、私はこの本に「ゲド戦記 最後の書」と副題をつけた。

なんと愚かな作家だろう。「現在(いま)」は動くのだ。物語のなかを流れる時間でも、夢のなかを流れる時間でも、昔話のなかを流れる時間でも、「現在(いま)」は「その時」ではない。



私がよく自分の事(状況・思いなど)をメールなど文章で話すときに、この「現在(いま)」をよく使っている。
つまり、上記のように「現在(いま)」は動くからという意味で意識的に使っていたからで、「現在(いま)を真剣に誠実に生きる」が、私の信条としていることだから、この冒頭のグウィンさんの言葉に強く引きつけられた。


歴史をさぐるには、物語っていって、何が起こるか、見きわめるしかない。現実の世界の歴史を探究することも、空想の世界の歴史を構築するのも、順序こそ違えど根底にある衝動や基本的な技法に大差はないという。

人生の生き方、としてみると「現在(いま)」の在り方によって、過去も未来も変わっていく(変えていける)という仏法の視点のようでしょ。

どんなことが起こるか、見る。そして、なぜ起こるか、考える。その世界の住人がこちらにむかって話すことに耳をかたむけ、彼らが何をするか、観察する。次にそれについて真剣に考え、誠実にそれを語ろうと努める。

ね。自分自身を見つめる。そして、自分自身の内から湧き起こる衝動を感じとる。そして、真剣に誠実に対応していく。同じじゃないかな(*´∀`*)


想像力は、他のあらゆる生命体と同じように現在(いま)を生きる。それは本当の変化とともに生き、本当の変化に基づいて生き、本当の変化から養分をもらって生きているということである。(中略) 国破れて山河あり。征服者はかつて森や牧場だったところを荒らすだけ荒らして引き揚げるかもしれないが、それでも雨は降り、川は海へと流れていく。昔話のうつろいやすく、変わりやすい、不確かな領域は、人間の歴史やものの考え方を記した部分で、それは地図帳に記された国家のようにくるくるとよく変わるが、なかにはもう少し永続的なものもある。


この前文に、昔からある物語から知的で倫理的な奥の深さを消し去って商品化した傾向のファンタジーに対してのグウィンの怒り(嘆き)が綴られています。



本書は、前作 『ゲド戦記 Ⅳ』ー帰還ー Tehanu が出版されて 7,8年たった頃に「アースシーを舞台にした物語をまた書かないか?」と言われたことがきっかけとなり、一度は完結したと思っていた物語に目を向け、再び語りだしたのです。



アースシーにもどってみたら、まだそれはそこにあって、私は大喜びしてしまった。なつかしかった。だが、変わっていた。今もなお変わりつづけている。起こるだろうと予想したことと実際に起こっていることはちがっていた。人びとも、私が考えていた人びとではなかった。すっかり頭に入っていると思っていた島々で、私は道に迷い、途方に暮れている。

というわけで、これは私の探索と発見の報告書である。
アースシーをこれまで愛してくれた人、これから好きになるかもしれないと考えている人、そして次の私のことばを受け入れてやろうと言ってくれる人に、アースシーから贈る物語である。


物語は変化する。
作者も魔法使いも必ずしも信用できる者たちではない。
竜がなにものであるかなど、誰にも説明できない。





諸行無常・・・だと悟り、先人の知恵を活かしながら現在(いま)を生きよ、と ・・・・・・



物語として語ることができるようになるまでは、私たちはそれを把握することはもちろん、記憶することすら、できないのではあるまいか。私たち自身の経験の外にある時や場所での出来事は、ほかの人が伝えてくれる話に頼るしかない。過去の出来事は、結局想像力の一つの形態である記憶のなかにしか存在しない。



Imagination 想像力を働かせるファンタジーだから、そのとき(現在)の人の心に直接語りかけることができる。


 





この「まえがき」をしっかりと心に留めながら、厚さ3センチ、542ページの山に挑みます ♪



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by sakura8sakura | 2017-07-21 02:58 | 読書
『ゲド戦記 Ⅳ』ー帰還ー Tehanu から学ぶ

(4)原題 Tehanu(1990)

ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)

アーシュラ・K. ル・グウィン,Ursula K. Le Guin/岩波書店

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ページをめくると、先ず


ことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの
虚空にこそ輝ける如くに

―― 『エアの創造』 ――



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ゴンド島の地図



前作Ⅲ(原語版1972年)を三部作として書き終えて、18年も経って描かれた本書ゲド戦記Ⅳ(原語版1990年)

原題が “Tehanu” となっているように、キーパーソンはテルー。彼女の姿が示す意味を考えるとそこにグウィンさんのメッセージがある。

虐待、性的差別、抑圧、無力なものへの支配であり、テルーの心の傷を表面に表わす意味でもあったのではと思う。

しかし、そのテルーだからこそ、真実が観え、観じることができるということが様々な場面にちりばめられている。





(ゲド戦記Ⅲ)さいはての島から最古参の竜カレシンに乗ってアレンと共にロークへ戻ってきたゲド。

そして、ゲドは故郷へ帰るために皆と別れまたカレシンの背に乗って飛び立った。その後の話ではあるのだけれども

ハーブナーに降り立った(ゲド戦記Ⅰ)のその後のテナーの現在の様子が描かれる第一章『できごと』から始まります。

ここで、これからの主要な登場人物のこれまでが紹介されている。



テナーは、オジオンのところで過ごし大巫女 “アルハ” ではなく “テナー” として生き、オジオンの元を去りひとりの女として生きることを選択し農夫ヒウチイシの妻 “ゴハ” となり、それから後家となっていた。

父からの虐待の末、たき火に放られ右半身を焼いた少女をひきとったいきさつや状況が把握できる。


第二章『ハヤブサの巣へ』第三章『オジオン』で、オジオンの最期と邪な魔法使いの野望のようなものがうかがい知れる。

第四章『カレシン』で、ローク島をカレシンの背に乗って旅立ったゲドがゴンド島に・・・変わり果てた姿で。




ネタバレになりますが^^;

山羊飼いとして過ごした期間はゲドにとって必要で必然な展開であったこと。

テルーがテナーに引き取られたことは、テナーにとって必要で必然な展開であったこと。

テルーがテナーのネイティブカリズム語で “炎” の意味する名である “テルー”と名づけられたこと。

生と死、光と闇、善と悪・・・ 相対するものは表裏一体であること。

ほんとうの自由とは・・・

心のうちから湧き起こる感情、それによって起こる行動は、その者の為すべき真の行為であること。



副題を “帰還” としているところには、読む前まではゲドが故郷ゴンド島に帰ってきたという意味なのかと思っていたが、ゲドが魔法使いとなる前の幼き頃の原点に帰るという意味であり、ゴハが大巫女アルハとして居たあの迷路で出会いお互いを信頼し知恵と魔法と行動力で脱出したことが重なるようなストーリーを意味するなかなぁと思いました。



例えば、テルーが心を開き触れ合うことを許したのは誰?
見るからに(読んでだけどね)人が嫌うだろうと思われる人物は果たしてどんな人だったのでしょう?

書き切れないほど伝えたい思いのシーンがたくさんあるけど
それは無理!(笑)なこと。
手にとって読んでみてね♪



なぜだか、このシーンが好き。

「あたしね、『天地創造』のいっとうはじめのとこ、知ってるよ。」テルーはゲドに話した。
「うたってくれないか、このわたしに。」とゲドはそう言って、またしてもテナーに目で許可を得てから、暖炉のそばの自分の席に腰をおろした。
「あたしは、うたわない。ただ、語るしかできないの。」
ゲドはうなずいて、待った。顔つきは真剣そのものだった。子どもはそらで語りはじめた。


造ることとこわすこと
始まるものと終わるもの
誰に見分けのつくものぞ
われらが知るは戸口のみ
入りて発つべき戸口のみ
戻りし者のその中の
最年長はセゴイとて
門の守りに立ちおりし


子どもの声は金属板に金属ブラシをかけたようだった。かわいた葉のこすれあう音のようでもあり、火がシューシュー燃えるときの音にも似ていた。テルーはついに第一節の終わりまでいった。

かくて泡立つ波間より
エア輝きて生まれけり


その後、おのおのの為すべき事を終えゲドがこう言った。


「覚えただけもう一度『天地創造』を語ってみてくれないかな。」暖炉の傍らにすわって、ゲドがテルーに言った。
「そしたら、そこからあとをいっしょにつづけよう。」
テルーは第二節を一度はゲドと語り、一度はテナーと語って、三度目はひとりで語った。





最終章、“テハヌー” はテルーの真の名前


カレシンがやって来た。テルーによばれて・・・


これまで描かれたシーンのひとつひとつに、暗く思い鬱積するような感情に覆われていた心が、明るい光をあびて晴れていくような感覚を感じた。


力強く天性の姿がみえてきたテルーとゲドとテナーの三人の物語が始まっていくようです。



全6巻、4巻目。何度も読み返したりで、読み終えるまで時間がかかったけど言葉にならないものが胸の奥に残る。
三部作となるⅠ・Ⅱ・Ⅲとは趣が違うストーリーだけど、ひとりの人間のなかに秘められているものを触発する、語られる言葉であったり、文脈から伝わる響きだったり・・・は、一貫して同じだと思います。
時には児童文学としてどうなのかな?とも思える表現があったりするけど
テルーの成長のように時が経ち辛苦を経験したとき甦ってくるのかもしれないですね。


次はグウィンさんの思いの通りに、『ゲド戦記外伝』を読む事にします♪







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by sakura8sakura | 2017-07-19 05:15 | 読書
『ゲド戦記 Ⅲ』The Farthest Shore から学ぶ

(3)原題 The Farthest Shore (1972)

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

アーシュラ・K. ル・グウィン/岩波書店

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ハブナーの地に足を踏み入れるところから始まるものとばかり思っていたら・・・
時は、ずいぶんと経っていて、ゲドは大賢人となってロークの学院長となっていた。
そこに、モレドとセリアドの血をひくアレンという王子が自国エンラッドに異変が起きていると父の命をうけ大賢人に教えを請いにやってくる。

異変とは・・・魔法の呪文の力が衰え、魔法のことばも忘れられている。これまで魔法の力で守られていた事々がことごとく乱れ、病気がはやり収穫は乏しく人々は何かにとりつかれたように無気力になってしまっていると。

アレンからもち込まれた異変についてロークの長たちと会合を開くというゲド。
ゲド・・・様式の長には直々に話に行かれ、名付けの長には魔法で・・・・・・。
とまあこんな具合で第1章「ナナカマド」のお話で始まりますが、ああ・・・怪しい事象がもう始まってます。


第2章『ロークの長』では、案内役のカケがこれまでの歴史的なことを、また、まぼろしの森で開かれた議会では、話し合いがつかなくそれぞれ一晩よく考えて結論は翌日に持ち越された。長たち意見や振る舞いによって本書の根幹部分が丁寧に語られている。

持ち場の森から離れられない様式の長と、自分の塔のなかにいる名付けの長の二人を除く、守りの長・薬草の長・姿かえの長・風の長・呼び出しの長・詩の長・手わざの長、の7人と、大賢人であるゲドが翌朝もう一度話し合いをする。そこにアレンも呼ばれている。

それぞれの長たちの述べる意見や振る舞いが語られているのですが、慢心の心に冒されている者、権力を手に入れようと下心が見える者、嫉妬の火が心につく者、もうすでにここ学院の長たちの心にも邪なるものが見え隠れしています。


「わしらは深い源のところをようく気をつけて見なければならん。明るい日差しばかりを長い間楽しみすぎたからの。あの腕輪がひとつになったおかげで世の中、平和になり、わしらはその平和にひたりきって、ろくなこともせず、浅瀬ばかり漁をしてきた。今夜は深みをきわめなくては。」

様式の長とゲドがあの森でこのように話していたことは、ロークの学院の長たちの事でもあったのかな・・・。
事が起こる前に予感する(させる)グウィンさんの運びに何度ページをめくり直すことやら・・・。我ながら大笑!

しかし、しかし・・・・・・ 平和になったらなったで・・・ 人間とはどうしようもない動物だなぁ


まぼろしの森に住む、様式の長とゲドの会話のなかに頻繁に出てくる「クモ」。
そのクモから目をそらさずに見つめる様式の長、言葉ではなく振る舞いのなかで暗喩していたのだ。

また、様式の長は唯一こう言葉にした。
『いかなる人間も単なる偶然でロークの岸辺におりたつものではない。今度の知らせを持ってきたモレドの血をひく若者も決して例外ではない』


アレンは学院の長たちではなく、自分が大賢人のお伴として選ばれたことに嬉しくも光栄であるとも思ったが、自分の持てる力といえば、魔法を使えることではなくほとんどの人間ができることしかない、と戸惑う。
だが、ゲドは現在のアレンが、完成されたアレンであるとは考えていないという。

そなたが何者か、わしは知らん。もっとも、舟をあやつれるとは、ありがたいがな・・・・・・。まして、そなたが将来何になるかは、誰にもわからん。しかし、これだけはたしかだ。そなたがモレドとセリアドの子孫ということだけはな。

「自分はモレドではなく自分は自分でしかない」と言うアレン

「自分の血筋になんの誇りも感じないというのかな?」

「いえ、それは感じています。血筋ゆえ、今、王子としてあるのですから。わたくしには血筋に恥じない行動をとる責任があります。

「それだよ、わしのいいたかったのは。過去を否定することは、未来も否定することだ。人は自分で自分の運命を決めるわけにはいかない。受け入れるか、拒否するかのどちらかだ。ナナカマドは根のはり方が浅いと、実は結ばないものさ。

アレンの本名は “レバンネン”、 “レバンネン”とは “ナナカマド”のこと。
アレンが、アースシーを収める王として大成するためにはその根をしっかりとはることが必要、したがって、この旅はアレンにとって必然のものであるのだと、ゲドは観たのだ。
が、しかし、それを強要強制するのではなく、アレン自身が選択するものなのだと伝えている。



う~ん、三世でものを観る『仏法観』を物語のなかで伝えてくるんだな~




アースシー全体に何かの力が働いているのではないかと直観するゲドは、それは何かそしてそれをみつけて対峙するためにアレンを伴にした旅は、第三章ホートタウンから始まる。


「よくよく考えるんだぞ、アレン、大きな選択を迫られた時には。まだ若かった頃、わしは、ある人生とする人生のどちらかを選ばなければならなくなった。わしはマスがハエび飛びつくように、ぱっと後者に飛ぶついた。だが、わしらはなにをしても、その行為がつぎの行為を生み、それが、またつぎを生む。そうなると、わしらは、ごくたまにしか今みたいな時間が持てなくなる。ひとつの行動とつぎの行動との間の隙間のような、するということをやめて、ただ、あるという、それだけでいられる時間、あるいは、自分とは結局のところ、何者だろうと考える時間をね」

そのとおり!!!

「生きたいと思う、さらにその上に別の力が加わる、限りない富とか、絶対の安全とか、不死とか、そういうものを求めるようになったら、その時、人間の願望は欲望に変わるのだ。そして、もしも知識がその欲望と手を結んだら、その時こそ、邪なるものが立ちあがる。そうなると、この世の均衡はゆるぎ、破滅へと大きく傾いていくのだよ。」

なるほど~ @@

「わしら人間に打ち勝てるものは他にはないんだ。いや、世界にただひとつ、この邪なこころを持つ人間に対抗できるものがいる。それは、別のいまひとりの人間だ。恥を知る者にこそ、栄光はある。悪を為しうるわしらだけが、また、それに打ち勝つこともできるのだよ。」


「いいか、アレン、この世ではふたつのもの、相対立するふたつのものがひとつのものを作りあげているのだ。万物と影。光と闇。天の両極。そして、生は死から、死は生から生まれている。相対立しながら、両者はたがいを求め、たがいに命を与え合い、永遠によみがえりを続けていく。すべてがそうだ。りんごの花も、星の光も・・・・・・。生きてこそ死があり、死んでこそよみがえりもある。となると、死の訪れない生とは、いったいなんだ?どこまでも変わることなく、永遠に続く生とは?死をほかにして何がある?よみがえりのない死を他にして・・・・・・。

戦う相手は自分自身の心
それは、自分のなかの良心に問う、「おまえは、それで本当にいいのか?」と。
欲望に満ちたこころで行動しようとしたことではないのか?と・・・

死は、恐るべきものでも、忌み嫌うものではない。

自然なものであり、そのときが来れば受け入れればいいのである。



旅のエピソードをひとつ。

奴隷として売られるために奴隷船でオールを漕ぐアレンを助けにゲドが現れる。他の奴隷たちの枷や鎖も外してやるゲドに、何故、奴隷商人たちを鎖で繋がなかったのか?とアレンは聞く。

「(船に残った奴隷たちは)戦うなり、商売にまわすなり、そのへんは彼らの自由にまかせてきたのさ。こっちは奴隷商人じゃないんでな」

「だけど、あなたは彼らが悪い人間だと知っていて・・・・・・。」

「だから、こっちにもその仲間になれというのかい?やつらが悪いことをすれば、同じようにこちらも悪いことをしろというのかい?わしはやつらにかわってやつらの物事を決めてやることはしたくないし、やつらにもこちらのことには口出ししてほしくないね!」


「いいかね、アレン、何かをするということは、簡単に石ころでも拾って、投げて、あたるかそれるかして、それでおしまい、などと、そんな、若い者が考えるようなわけにはいかないんだ。石が拾い上げられれば、大地はそのぶん軽くなる。石を持った手はそれだけ重くなる。石が投げられれば星の運行はそれに応え、石がぶつかったり、落ちたりしたところでは、森羅万象、変化が起きる。何をしても、全体の均衡にかかわってくるんだ。一方、風も海も、水や大地や光の力も、それから、けものや緑の草木も、すべてこれらのなすことは首尾よく、正しく行われている。いっさいは均衡を崩さぬ範囲でな。放風や巨大なクジラの潜水に始まり、枯れ葉が舞い落ちたり、ブヨが飛んだりするのまで、こうしたものは何ひとつ全体の均衡を崩したりはしないんだ。ところが、わしらときたら、今いる世界や、人間同士たがいを支配する力を持っており、そうである限りわしらは、木の葉やクジラや風がその本性にのっとって、ごくごく自然にやっていることを、その気になって学ばなければならない。わしらはどうしたら均衡が保てるか、それを学ばなければならないのだよ。知性があるのなら、あるように行動しなければ。ほめたり、罰したり、そりゃ、このわしにその力がないわけではないが、しかし、そんなことをして人間の運命をいじりまわすなんて、このわしがいったい何者だと言うんだね。」

「だけど、それなら」若者は星をにらんで言った。「その均衡というのは、何もしないでいれば保たれるというのですか。必要なら、たとえその行為の結果のすべてを予測できなくても、人は踏みきってやってしまわなければならないのではありませんか?」

「心配するな。人間にとっては、何かすることのほうが何かしないでいることより、ずっと容易なんだ。わしらはいいことも悪いこともし続けるだろう。・・・・・・しかし、もしも昔のように、また王があらわれて、大賢人に意見を求め、このわしがその大賢人だったら、わしはこう言うつもりだ。『殿よ、何もなさいますな。そのほうが、正しいことであり、ほむべきことであり、立派なことでありますゆえ。何もなさいますな。そうすることがよきことと思われますゆえ。殿がなさらねばならぬこと、それしか道がないこと、ただそれだけをなさいますように。』・・・・・・」


自分のなかから湧き起こる慈悲のこころからの発露による行動は、時が来れば花が咲き、その花は他の花と比べる必要のない自然の営みのようなもの。

自然はいつも自然の法則にのっとってあるもの、均衡を狂わそうとするものは人間しかいない。



空飛ぶ竜の姿には、生命(いのち)あるものの栄光のすべてがあった。恐ろしく強い力と荒々しい野生、そして優雅な知性がその美しさをなしていた。竜は、もの言う力と古来の知恵とを具えた考える動物である。その飛翔の仕方にも、強力な意志を感じさせるある種の調和があった。

アレンの主観的竜の姿は、王としての完璧な姿とみているのだろうか?




竜、オーム・エンバーがゲドに助けを求めやってくる。

竜は、とってもいい奴だし!

と、しか・・・

とても書き切れない(大汗)




旅を続けるなかでゲドから教えてもらうこと、ゲドの振る舞いから学ぶこと、いつもは多くを語らないゲドが語るに落ちる姿もいい味出てます。なんたって思いっきり重要だし(笑)

失敗もしながらアレン自身が気がつくこと、アレン自身が考え行動できるようなり、しだいにアレンはゲドの目を通して観たかのように世界を見ることができるようになってくる。


旅の終盤、黄泉国では、アレンはゲドを支えゲドを導いていく。
ゲドの喜ぶ顔が目に浮かびます。



アレンことレバンネンが、ゲドとの旅のなかで、アースシーを収める王としての生き方を学び成長していく物語として読むと、そこには、人間として誇りを持って生きる生き方が見えてくる。

1巻での、オジオンがハイタカ(ゲド)を連れてロークへ向かう行程を彷彿させる。
当時のハイタカの心の動きを知るゲドには、アレンがゲドに抱く不信や不安なこころは手に取るようにわかっていたのだろう。

ゲドが尊敬し信頼するオジオンのように、レバンネンもゲドに対して同じ絆を結んだのだろう。


アレンの王位の戴冠式にゲドは出席することができたのであろうか・・・
それは、定かではないけれど、王となったアレンに伝えるべき事はすべてすでに伝えていたのだから。
レバンネンのなかには、この旅でゲドから学んだことがしっかりと刻まれていることであろう。


ロークの長たち、アレン、ゲド、旅の先々で出会うあらゆる人々、そして、竜たち
交わす言葉や振る舞いから伝わる心的な波は確実に私の心を捕らえ震わす。
グウィンさんの筆の力は凄い!
たくさんの示唆に富む壮大な物語にのめり込みます!

乱暴な感想?だけど・・・
魔法なんて要らないんじゃないかな((*´∀`*)
だって、ロークを旅立つときにアレンが身につけていたものは、ごくごく普通の人間ができることと代々伝わってきた剣だけだったのだから・・・・・・。

テナーに会いたい。オジオンさまにもお会いしたい・・・・・・。
つぶやくゲドのことばを聞いたとき涙がこぼれた。
長い長い過酷な旅、ほんとうにお疲れさまでした。


まだ、Ⅲ・・・
まだまだ続く・・・
次はどんなことが描かれるのか・・・
楽しみ♪








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by sakura8sakura | 2017-07-10 02:18 | 読書
2017年6月の読書
6月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:1305


今日 (福音館の単行本)今日 (福音館の単行本)感想
読友さんのレビューに心が動かされ読んだ本です。✿出来なかったことを数えるよりも、出来たことを数えてみよう。考えるわけでもなく、私の心が、体が、自然に動いたこと。mustではなくwant☆彡 そんなことが出来ていたのではないでしょうか。それが一番大切なことだったのです。そんな言葉をかけてあげたい…当時の私に…いまのあなたに… 
読了日:06月02日 著者:


空飛び猫 (講談社文庫)空飛び猫 (講談社文庫)感想
4つの構成で描かれていて、ひとシーンは短いんだけど、そこに込められたメッセージは「ああ、そうだな!」「そう言われてみればそうだよね!」と読み手が自分で気づく方法で書かれているんだなぁ。薄くて小さな本だけど、グウィン氏の描く物語が、大事なことを気づかせてくれる。ファンタジーが感覚的に伝える力って、子どもが成長していく中で自然と身につくものと同じなんだろうな・・・と、あらためてその大きさに気づきました。村上春樹氏の訳注やあとがきにもそういうことがちゃんとあることにも、この本は素晴らしい!と惹かれました♪
読了日:06月04日 著者:アーシュラ・K. ル・グウィン


帰ってきた空飛び猫 (講談社文庫)帰ってきた空飛び猫 (講談社文庫)感想
アーシュラ・K・ル=グウィン作品 2冊目、前作『空飛び猫』の続編です。自分の可能性を信じること。自立すること。それには、互いに励ましあえる他者の存在と信頼が必要なのですよ。と、ル=グウィンからのそんなメッセージを感じました。ファンタジ-を読むにあたって? 訳者、村上春樹氏の「あとがき」はとても嬉しいものでした。前作から惹かれるル=グウィンのストーリーや言葉に込められたメッセージをしっかりと受け止めながら読んでいきたい思います。http://sakura839.exblog.jp/27873512/
読了日:06月07日 著者:アーシュラ.K・ル=グウィン


素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち (講談社文庫)素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち (講談社文庫)感想
空飛び猫ジェーンとふつう猫(というのも変ですが^^;)アレキサンダーとの物語が中心です。見るもの出会うものに、アレキサンダーくんのビックリするさまは微笑ましい。いやいや、彼にしてみればトンデモない遭遇ですよね。真剣に誠実にあきらめずに、ジェーンの心を解きほぐしながら話していくアレキサンダー。なにがあっても僕は君を助けたいんだ!アレキサンダーの思いはジェーンの傷ついた心(恐怖や怒り)を大きく包みこみます。いや~感動しました!ル=グウィンさんの眼に写った社会の問題をジェーンやアレキサンダーに込めてメッセージを送っています。弱いものや傷ついたもの、無垢なるものに対するあたたかい眼差しが伝わってきます。
読了日:06月07日 著者:アーシュラ・K. ル=グウィン


空を駆けるジェーン (講談社文庫)空を駆けるジェーン (講談社文庫)感想
『空飛び猫』シリーズ第4弾。ジェームズとハリエットに助けられ、アレキサンダーに心を癒され、今回はジェーンの成長した姿が描かれています。【「ねえセルマ、どうして私たちは翼をもっているんだと思う?」】というジェーンの問いの答えともいうべきお話なのかと思いました。サラ・ウルフとのシーン。サラ・ウルフの言葉!これは、ル=グウィンさんの視点と行動、そして、愛情のこもった言葉の数々なんだろうと思います! 素敵!!! ふと目にし、惹かれた『空飛び猫』。シリーズを読み進めるうちにドンドン惹かれていき、読み終えて、もっともっと ル=グウィンさんの作品を読んでみたいとの思いが強くなりました。 そして、ル=グウィンさんという一人の作家、一人の女性、一人の人間としての生き方も知りたいと思います。 素敵な本との出合いに感謝 ♪
読了日:06月08日 著者:アーシュラ・K. ル=グウィン


ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)ファンタジーと言葉 (岩波現代文庫)感想
グウィンさんの思想・思考の根源となっているものが、生い立ちや暮らしのなかから体験した事柄を自己紹介という章から順に綴られている。父、母の影響はもちろんのこと、その父の友人でもあった二人のインディアン人の存在が「人種差別」に敏感である一端であるのだろう。作家として文章を書く… その前に、一人の多感な少女の言葉(語彙)に対する真摯な姿勢とでもいうか… 「おばさま!」と、拡大鏡を片手に呼びかける相手の大伯母は『歴史的原則に基づく新しい英語辞典』。「おばさま!ファンタジーについて教えてください。」… グウィンさんの「ファンタジー論」が展開される。「自由とは何か」図書館のもたらす自由。「フィクションとノンフィクションの定義」などなど…物語を読むように比喩を使いながら所論があふれ出す。あまりにも多岐にわたる思いが綴られていて要約できない。言葉にできないけど(汗)グウィンさんのファンタジーに対する情熱が私の中に感覚的に流れ込んできた。
読了日:06月14日 著者:アーシュラ・K.ル=グウィン


ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)感想
ハリーポッターのような感じなのかな?って、思いながら読み進めていましたが、いや いや! ぜんぜん重みが違います!「ことば」の起源を大切にしているグウィンさんらしいなぁと感じました。そして、「名前」のもつ意味を追求したようなお話。ゲドの心、その心が呼び出した闇。この闇とはなんなのか?名前をつける(呼ぶ)ことでそのものの真の存在が表れる。真の名前ゲド、副題であるー影との戦いー 高慢と憎しみの心から魔法で呼び出してしまったゲド自身の無知と傲慢の影。まさしくその戦いのなかで悩みながら自身を見つめ成長していくゲドの姿が語られています。どのシーン(設定・言葉・現象)にも、文章のなかにキラリと光って見える深い意味がある。読み進めていくとその煌きの光がますます光輝いてきます。
読了日:06月24日 著者:アーシュラ・K. ル・グウィン,Ursula K. Le Guin


ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)感想
『Ⅰ』に続きゲドはどうなるのか・・・ ワクワクしながら読み始め・・・??? なにやら別物のお話のような始まりで。闇の世界?決まりや掟、迷路を辿る様子が延々と続く、読んでいて陰鬱な重苦しい気持ちになる。神殿の宝を盗む者と思われる男が迷宮に迷い込んでいる。ここから一気に闇から脱する物語が展開されていきます。『Ⅰ』で語られたように、”真のなまえ“ で呼ぶことでアルハではなく真の名テナーとしての意識が見えてくる。副題である “壊れた腕輪”  エレス・アクベの環 内側に刻まれている九つの神聖文字が明らかにされる。アルハの墓所の宝として埋蔵されていた半分の環とゲドがある弧島で授けられた半分の環。割れた腕輪がひとつになる。このシーンは鳥肌がたつほど感動! アルハだから知っている知識とゲドの魔法の術。そして、お互いを信じる心(信頼)によって、闇の世界の象徴というべき神殿が地中へと崩れ落ちていく。魔法はきっかけをつくるもの、力があるのは人間が自身の力によって行う行為。ひとりひとりの力は弱くても、互いに信頼しあう関係を築くことによって大きな力となり得る。そして、生きていくのに大事なことは魔法ではなく憐れみの心と感謝の心。自由とは、与えられるものではなく自分自身の責任で選択するもの。などと・・・格言のように書いてはみたが・・・味も素っ気もないですね(汗)心のひだを縫うように、時には優しく時には強く訴えかけるファンタジー、物語から感じ伝わる響きを受け取っていきたいですね♪
読了日:06月30日 著者:アーシュラ・K. ル・グウィン,Ursula K. Le Guin



*****


今月は『空飛び猫』シリーズとの出会いで始まった ル・グウィン祭り~♪

物語から心に響いてくるメッセージっていいなぁって感じています。

自由、選択、自立、単に単語から伝わるものと、物語の流れの中から伝わるものでは伝わる幅がちがう。
物語のなかの人物が話すこと(言葉)で、思わず唸ってしまうことがある。物語のなかに入り込み疑似体験することで、言葉にできない感情の波... 自分では気づかなかった内面にあったものに気づく。

現実には起こらない、起こりそうにないけど、起こることがそうだと信じて読むファンタジー、そんな世界を私のなかのピュアな心がどれだけ感じられるか・・・
そのファンタジーのなかに込められたメッセージが、私のこころにどう響いてくるのか・・・ そんな自分を客観的にみることも(笑)


『ゲド戦記』まだまだ続きます ♪




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by sakura8sakura | 2017-07-01 21:06 | 読書メーター
  

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