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タグ:トルストイ ( 8 ) タグの人気記事
2018年6月の読書
6月の読書メーター
読んだ本の数:15
読んだページ数:2239


人は何で生きるか (トルストイの散歩道)人は何で生きるか (トルストイの散歩道)感想
北御門二郎氏の訳で読んでみたくてチョイス。トルストイの散歩道シリーズ1巻目の本作は氏がトルストイ作品と出会った運命の一書であり「人が生きていくうえで何が大切か」を示しています。氏の娘さんである小宮楠緒さんが綴る「解説にかえて」は本作の言わんとすることを言葉にしてくれています。また、尊敬するトルストイの生き方に習って生きた北御門氏の人生を伝えています。巻末にある年表はトルストイの人生を雄弁に物語り〈家出について〉トルストイが妻に宛てた手紙に涙しました。シリーズ全巻に添えられた訳者の言葉は襟を正し読みました。
読了日:06月02日 著者:レフ トルストイ


イワンの馬鹿 (トルストイの散歩道)イワンの馬鹿 (トルストイの散歩道)感想
北御門二郎氏の訳で読んでみたくてチョイス。トルストイの散歩道シリーズ2巻目の本作は「絶対的非暴力」「絶対的平和」を示しています。氏の娘さんである小宮楠緒さんが綴る「解説にかえて」では、北御門氏はイワンのような生き方がしたいと思ったのだろうと、だが、理想の生き方を追求するには様々な困難がつきまとう。(兵役拒否し一番罪がないと百姓の道を選択した訳者自身もそうだったのだろう)本作はその困難を乗りこえさせる大きな力をもっていると伝えている。
読了日:06月03日 著者:レフ トルストイ


人にはたくさんの土地がいるか (トルストイの散歩道)人にはたくさんの土地がいるか (トルストイの散歩道)感想
北御門二郎氏の訳で読んでみたくてチョイス。トルストイの散歩道シリーズ3巻目の本作は「人はたくさんの土地はいらない」ということ。トルストイが自身の生涯で苦悩したことでもあったのです。表題作と「卵ほどの大きさの穀物」の2作品。孫・父・祖父と代をさかのぼるほど出来た穀物の粒が大きかった…。人が生きるために本当に必要なものは何かを見つめ直さなければいけないと思いました。小宮楠緒さんの「解説にかえて」は箴言です。
読了日:06月03日 著者:レフ トルストイ


二老人 (トルストイの散歩道)二老人 (トルストイの散歩道)感想
北御門二郎氏の訳で読んでみたくてチョイス。トルストイの散歩道シリーズ4巻目の本作は、二人の老人がエルサレムへ詣でる旅のお話で、心のこもっていない聖詣でより困っている人苦しんでいる人に手をさしのべる行為をした者のほうが神の心にかなっていることを描いた作品。訳者が「二老人」のエリセイを自らの慰めとしながら過ごした日々、墓参を果たした時の様子がいかにトルストイへの想いが強かったか、何度この本を読みながら自分を諫めていたのだろうと思うと胸にこみ上げるものがあった。北御門氏はなんと純粋な心の持ち主なのだろう。
読了日:06月03日 著者:レフ トルストイ


愛あるところに神あり (トルストイの散歩道)愛あるところに神あり (トルストイの散歩道)感想
北御門二郎氏の訳で読んでみたくてチョイス。トルストイの散歩道シリーズ5巻目の本作は、表題作と『火の不始末は大火のもと』の2作品。神は自分の中にいるということを描いている。マルティンが聴いたキリストの声は内なる自分の良心の声。また、反してたった一個の卵の行方から起こった内なる心に灯った疑心暗鬼の小さな炎がやがて大きくなり周りをも巻き込んでいく、人と人が争うことの無意味さ愚かさを痛切に描いている。トルストイは古今東西の聖賢の言葉を学び、「人はいかに生きるべきか」を民話という形でより多くの人に伝えようとした。トルストイ散歩道としてシリーズ化したのも同じ思いなのだろう。トルストイ民話集を岩波文庫でも読んだが、このシリーズはふと思いたったときに手にし読み返すにとてもいいボリュームとつくりだと思う。
読了日:06月04日 著者:レフ トルストイ


くつやの まるちん (国際版絵本)くつやの まるちん (国際版絵本)感想
とてもステキな絵。。。トルストイ『愛あるところに神あり』の絵本。実直なまるちん。道路に面したあの窓に見えるマルチン。あの場面この場面、愛情溢れる絵に人の心の温かさを感じます。ランプの灯で聖書を読むマルチンの姿は聖賢の本を読むトルストイと重なる。 絵:かすや昌宏さん「人と人が出会うようにぼくはマルチンに出会いました。心の中で美しい鐘が鳴っています」と。その鐘の音が聞えてきそうです。
読了日:06月04日 著者:かすや 昌宏,渡 洋子


北御門二郎 魂の自由を求めて: トルストイに魅せられた良心的兵役拒否者 (ジュニア・ノンフィクション)北御門二郎 魂の自由を求めて: トルストイに魅せられた良心的兵役拒否者 (ジュニア・ノンフィクション)感想
太平洋戦争のあの当時に徴兵拒否など出来ることがあったのだろうか?人を殺すくらいなら、殺される方を!と魂の自由を求め貫く人生を選んだ。徴兵を免れた過程には、なにか運命の作用というものが働いたかのようだ。のちに北御門氏自身もそのことを振り返る。尊敬するトルストイの思いを正しく伝えるためにこの命を存えたのだろうかと。「運命の作用」それも、自分で選び取ったことによって働いたこととも言えるのではないだろうか?人生を歩むとき困難なことが立ちふさがることがあるだろう。挫けそうになる時もあるだろう。そんなとき北御門二郎という人が居たこと、彼が自ら魂の自由を求め選びとり生きた人生を知ることでどんなに心強い励ましを与えてくれることだろう。
読了日:06月06日 著者:ぶな 葉一


トトロの生まれたところトトロの生まれたところ感想
朱美さんが描く所沢植生のスケッチ画と日記。宮崎監督が描いた初期のトトロのイメージボードとトトロが生まれたいきさつのお話。描かれた草木花のこちら側にあろう朱美さんの眼差し。所沢の地を歩く宮崎監督の視線。――観察眼――彼らたちが一番きれいに見える角度からの姿を描く。目にとまった一つの物・風景から膨らむイメージを描く。――愛――新たな発見や変化我が子を見守るような繊細かつおおらかさ。描かれていないところにまで広がるような空間。トトロの生まれたところ、その同じ空間に住するお二人が感じたものがいっぱい詰まった本。
読了日:06月09日 著者:


ルピナスさん―小さなおばあさんのお話ルピナスさん―小さなおばあさんのお話感想
子どもの頃に読んでおきたかったなって思った本。(年齢的に無理は承知で^^;)住んでみたいと思う所で働き実現するということ。そんな生き方もあったのか!と今更ながら(苦笑) 膝のうえでお話を聴いたり夢を語り合う素敵な時を… 自分もhappyな心になること、そして、多くの人もhappyになれることを探したいね。アリスとおじいさんの約束のように。お婆ちゃんでもいいんですけどね♪今となってはこちらですね(*˘︶˘*).:*♡
読了日:06月16日 著者:バーバラ クーニー


そんなときなんていう? (岩波の子どもの本)そんなときなんていう? (岩波の子どもの本)感想
小さな紳士と淑女のための初めの一歩♪ 「そんなとき、なんていう?」ページを捲りながら訊きたい!子どもたちのお顔を見つめながら♪ 楽しい!だろうね(´∀`艸)♡
読了日:06月16日 著者:セシル・ジョスリン



そんなとき どうする? (岩波の子どもの本)そんなとき どうする? (岩波の子どもの本)感想
小さな紳士と淑女のための…… やや、頭が硬くなりかけた私のための!「あ、そうくるの?!」「いやいや、そうだよね!」「ナイスつっこみ!」ユーモアたっぷり実践アドバイス本♪ たのしい時間をありがとう!(´∀`*) ♪
読了日:06月16日 著者:セシル・ジョスリン


文読む月日〈上〉 (ちくま文庫)文読む月日〈上〉 (ちくま文庫)感想
トルストイが選り集めた聖賢の言葉やトルストイ自身の言葉が一月一日から五月三十一日まで日記のように書き綴られています。訳者まえがきからも伝わる北御門氏の「トルストイ愛」(この言葉で一括りにするのはどうかと思ったがその言葉以外に表現するには多くの言葉を重ねなければならないだろうから)によってトルストイの心意を後世に伝えられた名訳本だと思う。【願わくば読者諸子が、日夕この書に親しむことによって、私自身がこの書の作成に当たって経験したような、さらには今なお日々これに親しむことによって、またよりよき第二版作成のための精進の過程において経験しつつあるような、崇高にして実り多き感情を経験されんことを】と序文にあるように、日々の自己研鑽の一助に繰り返し読み続けたい本です。一週間の読み物として差し込まれているトルストイ選書の物語だけでも一読の価値ありだと思います。『トルストイ人生読本(春)』を読んでいる途中で北御門氏のことと翻訳本があることを知りました。(春)と(夏)の半分が上巻にあたる。解りづらかったりした部分が二冊を併せて読むことで理解出来たことも多い。また、聖賢の言葉の引用に少しの違いがあった。
読了日:06月20日 著者:レフ・ニコラエヴィチ トルストイ


春になったら苺を摘みに (新潮文庫)春になったら苺を摘みに (新潮文庫)感想
タイトルに込められた梨木さんの想い。冷たく凍てつく時があっても枯れずにじっと春を待つ。それぞれの人が、それぞれのもつ信念を寛容し受容する、侵すことなく認め合えるということ。「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。旅する中で自分がbeliefとする第一義を知り確認しながら、そこを崩すことなく受け容れる道を模索する。不毛な争いをすることなく互いを浸食することなく両側面の交わりあえるところを日常の中に見出す梨木さんの生きる美意識。例えば、アダがその場の雰囲気を緩和させようとする雰囲気を読み取り、自分に期待されているであろう「ムキになること」に乗る K・・。ウェスト夫人・アダ・K・・ が創り出す空間。難しいんだよね…これって(放たれた言葉が、ひとつ間違えば、それを聞いた人の中で暴走することがある。まだこの恐怖から脱皮できていない私…)言葉の選び方、トーン、表情、押しと引き、全体に醸し出す雰囲気…ユーモアのエッセンス。T・P・O(time・place・occasion)を弁えた言動に品位を感じる。私が、梨木さんから学びたいところの大きなポイントなんだなぁ…バイブルとなる一書。
読了日:06月23日 著者:梨木 香歩


イワン・イリイッチの死イワン・イリイッチの死感想
北御門氏の訳で再読の物語。初読のときに感じた「ゲラーシムの振る舞いだけが彼を慰めた。それは何だったんだろう…」の?は。イワンは妻の医師の「欺瞞」に苛立っていたのだ。自分のこれまでに生きて来たなかにあった「欺瞞」にも。これまでの自分の生活を弁護する意識が彼を苦しめていた。この心の葛藤がとてもよく伝わってきた。そして、気づき「でも大丈夫。まだそれが果たせる。それはいったい何だろう?」可哀そうだ… ゆるしてくれ。「彼らの苦しみから救い、自分もこの苦しみから遁れなければ… なんと素敵で、なんと簡単なことだろう」ところで(今まであった)苦痛は?「そら、これだ!」なーーーーっとく!!! ✿物語のみならず、訳者のあとがき・《トルストイを読む》ということ、と題した北御門二郎氏のbeliefと軌跡・北御門先生のこと、と題した一青年杉本秀夫さんの北御門観・地の書房から、と題した書房主石田昭義さんのこの本の出版への想い。ある高校生の新聞の投稿に対して北御門氏の心遣い。「人間に生まれて生きる目的も知らず、名誉や利益だけを追い求める人生であっていいのでしょうか」とてもとても考えさせられる本です。
読了日:06月24日 著者:トルストイ 北御門二郎訳


福沢諭吉 [新装世界の伝記]福沢諭吉 [新装世界の伝記]感想
天は人の上に人をつくらず云々・学問のすすめ・一万円札の顔。←私の認識(赤面)。この本を読む限り、全く以て尊敬する人だった(^^ゞ実直・誠実・頑固者・鋭い観察力・自分の信念に生きる・平和思想・有言実行・独立自尊・人材育成… 何より生命を大事にすること。愛息9才と7才の兄弟に与えた「日ゞのをしえ」その内容もさることながらその与え方に感服。本当に大事なことは何か?その生き方から学ぶことが多かった。日本の紙幣最高額の顔である福沢諭吉、世の政治家・経済界人・教育者は特に、今一度その生き方から学んで欲しいと思った。
読了日:06月27日 著者:福田 清人


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先月、北御門二郎氏の翻訳に惚れ

読んでみたーい!!

との思いのままの読書月間(^▽^)でした。





今月も北御門翻訳のトルストイ『文読む月日・中』と
『トルストイ人生読本・夏』『トルストイ人生読本・秋』を読んでいきます!


毎日読む事でトルストイの思想が身に染みて来るようです。




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人間と動物との違いは「理性」の有無

人としての生き方

せっかく人間として生まれて来たのだから

自身の内にある良心を活かして生きよう。




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月に一冊 “ 伝記 ” を読む(できるだけ^^;)ということで
図書館のいつもの場所へ
さて、誰にしようかな…

福沢諭吉 かぁ その名に眼が止まり

福沢諭吉の伝記を読みました。


 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤きせん上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。
 されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥どろとの相違あるに似たるはなんぞや。
 その次第はなはだ明らかなり。
『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。
されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。


 
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「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤きせん上下の差別なく……

そのあとに続く文言に、くーーっ!!! 福沢先生!

がんばります!



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「ちょっと、お父さんの書斎においで。いい物をあげる」と、二人の息子を呼び

「この半紙をあげるが、落書きするんじゃないよ。何枚かで、小さな帳面を作ろう」と話し、ふたりはきそって小さな帳面を作った。

「おお、可愛い本ができたな。お父さんの書いた本よりも可愛い。」
「本だから、ただ白くては本らしくない。ちょっと貸してごらん」

その小さな帳面の表紙に「ひゞのをしえ」と真ん中に書き、右端に「明治四年」と書き、その左に「辛未十月福沢一太郎」別のに同じく「福沢捨次郎」と書いた。


「さあ、これから毎朝、お父さんは、なかの白紙に少しずつなにか書いておまえたちによく読んでもらい、できるだけ、そのとおり行なってもらうことにするよ。そして、一緒に、本のでき上がるのを見よう。」
「今日は、初めだから、少し書いてあげる。」

兄弟は何事かと楽しそうに目をかがやかせていた。
福沢の筆先が動き出した。
兄弟は声をそろえてそれを読んだ。


  おさだめ
 一、うそをつくべからず。
 一、ものをひらふべからず。
 一、父母にきかずしてものをもらふべからず。
 一、ごうじやうをはるべからず。
 一、兄弟げんくわかたくむよう。
  ―― ふたりは、そのとき、くすぐったそうに、おたがいの目と目を見あわせて、肩と肩とをぶっつけあった。
 一、ひとのうわさかたくむよう。
 一、人のものをうらやむべからず。

「今日は、ここまで――。明日は少し長い文を書いてあげる。それを何度も読み返すことだぞ。読むばかりでは駄目だ。自分で行なわねばならん。」
 兄弟は意外に、手きびしい教えなので、とまどったかんじであったが、あとどんなことが、書かれるか、なにか楽しみもあって、翌朝も、その次の日も、朝食後、すぐ父の書斎に走って、筆の動きをながめ、声をそろえてそれを読むのであった。

たとえの面白い教訓の言葉、それが1日分ずつ書かれていく。
明日はどんなことが書かれるのか、二人の心はひきつけられたのだ。

父親の心のこもった、また、巧みな教え方で

その時々の二人の行動を見て、言葉を綴る。


福沢諭吉の思想の根本は「独立自尊」である。
その愛児にも「自分にできることは、自分でせよ」と強く幼時から示すことを忘れなかった。それが独立自尊の思想の基となることを考えていた、とあった。



童蒙おしえ草 ひびのおしえ 現代語訳 (角川ソフィア文庫)

福澤 諭吉/KADOKAWA

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父、諭吉が愛児に手渡した「日々の教え」を読んでみたいと思います!




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6月10日に訪れた、東山魁夷せとうち美術館
生誕110年記念「ひとすじの道」は7月16日まで

7月19日から9月9日までは「魁夷、海を想う」♪






✿✿✿

お気づきの点がございましたら 
sakura8sakura@excite.co.jp へ、よろしくお願いします。 
<(_ _ )>




ご訪問くださりありがとうございます ♪






by sakura8sakura | 2018-07-01 10:46 | 読書メーター
北御門二郎 氏 から学ぶ

北御門氏の翻訳で読みた~い!と
図書館でトルストイの散歩道シリーズ五巻をお借りしてきました。
まず、シリーズ1『人は何で生きるか』を読みました。
以前読んだ岩波文庫より読みやすかったし解説も解りやすかったです!

全巻読み終えて
トルストイが「人に大切なことは何なのか」を
民話の形で作品にしたことの意味

多くの人にこのことを知って欲しい

トルストイが古今東西の聖賢の思想を学び
そして、気づいたことを
この物語を読んで感じて欲しい!




氏の娘さんである小宮楠緒さんが書く「解説にかえて」は
作品の伝えたい事を簡潔に
近くにいたからこそ感じた北御門二郎の思いを話してくださっています。

トルストイが伝えたいことを心で訳すというものを感じられたように思います。





もうひとつ感動したのが巻末にあるトルストイの年表です。

18頁あります

できることなら
手にとって見てください

トルストイの人生が物語られているようです

〈家出について〉
妻 ソフィアさんに宛てた手紙で締めくくられています

トルストイの苦悩
それでも人生に悔いを残さぬ為に
貫いた人生


その時には理解されないことがあっても

それぞれが人生の最期に近づくにつれ
解ってくるものなのだ

ソフィアさんがそうであったように



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北御門二郎氏翻訳
トルストイの散歩道シリーズ全五巻
北御門二郎氏の伝記的な本
『北御門二郎 魂の自由を求めて』





銀の鈴社ホームページで
北御門二郎氏が朗読する『イワンの馬鹿』が聞けますよ♪(o^^o)

↓ここをクリックしてね
いいですね~
この語り この声 自然の音

この本『ーー魂の自由を求めて トルストイに魅せられた良心的兵役拒否者』
を読んでこの朗読を聴くと
北御門二郎のお人柄がよりいっそう伝わってきます。


トルストイの作品「人はなんで生きるのか」に出会って
トルストイの思想哲学に感銘を受け
それに倣った人生を貫き通した
北御門二郎の人生は

魂の自由を求めて

この一言に尽きると思います。


「人は人を殺すために生まれてきたのではない」
との確信を持って
トルストイが言うように
自分も絶対非暴力、絶対平和の思想
貫こうと決意していきました。
(p16)



太平洋戦争のあの当時に
徴兵拒否など出来ることがあったのだろうか?


行きたくないと思ってもそれを口にすることすら出来なかった時代
それは、家族も同じこと(表向きと内心)



お国のために徴兵されることを
拒否することが出来ないと当然のように思っていた時代
そんなことを思いつきもしないほど当然のこと
両親でさえも二郎青年を必死の説得を重ねている



中国の人びとに対して残虐な行為をしている写真を見た
名誉の如く飾っているその写真と会話
ひどく困惑しその光景に絶望の心境になった二郎青年
戦争(人の命を奪う)に断固拒否するために
死刑となって自分の命を落とすとしても
「戦争へ加担する一切の行為を拒否します」
と手紙を書き、戦争幇助をも拒否することを選んだのだ


人を殺すくらいなら、殺される方を!と
魂の自由を求め貫く人生を選んだ北御門青年


徴兵を免れた過程には、なにか運命の作用というものが働いたかのようだ


のちに北御門氏自身もそのことを振り返る

尊敬するトルストイの思いを正しく伝えるために
この命を存えたのだろうと



運命の作用

それも、自分の魂の求めることを自分で選び取ったことによって
働いたこととも言えるのではないだろうか?


トルストイの散歩道シリーズを読んで
あなたの魂にあるその声を聴いてごらん?


その言葉は その行為は
あなたの魂に適っていますか?



自分の魂に嘘をつきとおすことは出来ません

そこに目を伏せ耳を塞ぎ
その場の流れに自分をゆだねてしまう

そんな人生をおくって
最期のとき、後悔しませんか?



イワンの国で暮らしていく人びとのように

今の自分の出来ることを
今の自分の出来ることで

自分の魂の求めている道を
歩んでいこう!




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自分の魂の求める人生を歩むとき
困難なことが立ちふさがることがあるでしょう
挫けそうになる時もあるでしょう

そんなとき
北御門二郎という人が居たことが
北御門二郎が選び生きた人生を知ることで
どんなに心強い励ましを与えてくれるだろう







✿✿✿

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by sakura8sakura | 2018-06-06 11:46 | 読書
2018年5月の読書
5月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:1211

木を植えた男を読む木を植えた男を読む感想
ジャン・ジヨノ『木を植えた男』という物語をもとにF・バックが映像化した内の62点のフィルム画像と仏語原文。高畑監督の訳、物語と人物ジヨノの考察。F・バック氏との対談の様子が書かれている本です。このような感動的な物語のあとにブッフィエは実在の人物ではなかった解説をつける必要があるだろうかとの自分が思う疑問に対して『木を植えた男を読む』という本を書くことは矛盾しているかもしれないとの思いを吐露している。それでも、書かずにはいられなかった高畑監督のおもいが伝わってくる。事実ではなかったが、この物語が読み手に与えた力「行動しようと、してみようと」思わせるこの力は何だろう。このエルゼアール・ブッフィエが読み手に働きかけるという行動がジャン・ジヨノの本当の思いであったであろうし、F・バックのアニメがもつ表現をつくる真摯な態度であり、高畑監督が目指し映画制作において実行してきたことなのだろう。高畑監督の思考過程というか考え方が読みとれます。生き方を考える人には超!お薦めの本です(o^^o)
読了日:05月08日 著者:高畑 勲



君が戦争を欲しないならば (岩波ブックレット)君が戦争を欲しないならば (岩波ブックレット)感想
何かことが起こればその時に湧いた感情を吐き出すかのように巻き起こるバッシングの嵐。同調する空気感その危険性はとてつもなく大きいと今はわかる。この本を読んだとき改めて自分の意思を確認した。この日本という国に住してその立場で自分はNO!を言うことができるであろうか?戦争行為に荷担することなく理想としている生き方を貫くことができるだろうか?私が選んだのは同調する空気感のなかに身を置かないことだった。そして、自分の理想を語ることができる時にはその思いを語り自分の意思で行動する。その難しさをしっかりと胸に留めながら
読了日:05月16日 著者:高畑 勲



トルストイ人生読本〈春〉―永遠のともしび (1968年) (Dia-book)トルストイ人生読本〈春〉―永遠のともしび (1968年) (Dia-book)感想
【いろいろな作者たちの偉大な豊富な理想を利して多くの読者諸氏によき思想と感情とを目覚ましめるため日々の読者仲間に差し上げたいということだ】と序文にあるように、トルストイが選り集めた言葉やトルストイ自身の言葉が一月一日から三月三十一日まで日記のように書き綴られています。数日ごとに差し込まれている「七日目の物語」は彼らの言葉がこれこれこうあるよ。この物語を読むと伝えたい事がよくわかると思うよ、とトルストイが語りかけてくれるように感じられます。12日ある「七日目の物語」16篇の物語のうち5篇がトルストイの作品。
読了日:05月20日 著者:



自分をいたわる暮らしごと自分をいたわる暮らしごと感想
表紙の写真のように過ごせたらどんなに心が安らぐだろうと思う。心地よいと感じられることを大事に生活する。急がず慌てず、人生の折り返し点を過ぎた今だからこそ、よりそう思える。毎日の衣食住のなかに自分の感性にあったものを選びとって、自然体でいられる暮らしを作っていこう!と思った。素敵な生き方をお手本としてみせてくれた本でした。写真もとっても素敵!
こんな言葉がありました。「私は世界の平和をいつも願っています。そのためには、まずはわが家の平和から。その程度の平和を保てなければ世の中の平和なんて絶対無理じゃない?と思うのです。ですから、専業主婦のときであれ、兼業主婦のときであれ、わが家の平和を守ることが私の第一義です。」
読了日:05月24日 著者:結城 アンナ



f植物園の巣穴 (朝日文庫)f植物園の巣穴 (朝日文庫)感想
「道」は丘の上に生えている大木のうろの前から始まっていた。「うろの穴」がこの物語の主題であり梨木さんが意味する自分の内面への世界へいざなう入り口なのだろう。そのなかで、自分では気づかなかったことをさまざまなものとの出会いによって気づくことができた、そしてまた、その「穴」から現実の世界へ帰ってくる。この「穴」というもののおかげで読み手の私たちは現実には見えない世界にスムーズに入っていけるのだ。どこかから聞える声、それは自分の中から聞えてくるのだ、その声に従って歩んでいく。そんな風に感じられる場面に出会うたびに私の心音は大きく鳴り鼓動するのだ!ああ梨木さんもそういう感覚を感じているのだと。「穴」「川」「げろっぱ」「乳歯」「三人の千代」「靴」…あげれば切りがない点と点、物語の中を伏流線のように張り巡らされた梨木さんの思想が多様な知識に絡ませながら編み込ませたひとつの作品。そんな織物のようなものを鳥瞰虫瞰しながらじっくりと観賞したような気がしました。淀みない川の流れ、その流れに沿って進む(生きる)それは、いたって自然なことで…その自然なことをありのままに認識できる五感を研ぎ澄ますことって大事ですね。四季の移ろいを風や匂いで感じ、綺麗なものを、ああ綺麗だ!と感じ。虫や鳥、草花といった生きものからも感じたい、喜びや痛みも……不思議、にも。そんな思いを強くしました。
読了日:05月29日 著者:梨木 香歩



読む力・聴く力 (岩波現代文庫)読む力・聴く力 (岩波現代文庫)感想
「よむ・きく」ことで自分の中にイメージが浮かんでくる自分の内的なイメージを捉えるそこには自分がいること。情報として取り入れるために「読む・聞く」。「読み・聴いた」ことによって感じた振動を自分の中にあるものに共鳴させて感じとる、その放出が「詩」なのかな。「読む・聴く」について三者三様の感じ方捉え方、シンポジウムでの対談では三人の関わり方や話し方やタイミングにも表れているなぁと思いました。読んだり・聴いたり・見たり、そして感じたことももちろん大事にしているけど、そこから自分の中で派生して感じたものを追求していくのも愉しいと感じている今日この頃です。読む聴くことで自分の中に起こる不思議、そんなときの一瞬の閃光のような出あいの不思議にもワクワクしている私はやっぱり河合先生を参考にする所が多かったです。
読了日:05月30日 著者:河合 隼雄,立花 隆,谷川 俊太郎



言葉屋 言箱と言珠のひみつ (朝日小学生新聞の人気連載小説)言葉屋 言箱と言珠のひみつ (朝日小学生新聞の人気連載小説)感想
「言葉」に敏感な詠子ちゃん、さすがは「言葉屋」を営むおばあちゃんのお孫ちゃんだ!「言珠」が言う勇気を「言箱」が言わない勇気を司っている。見つからない言葉、言葉を探す、言葉を選ぶ… そして、その言葉を発するのも止めるのも、その行為の中には相手を想う心が込められている。雰囲気が伝わる久米絵美里さんのステキな言葉使いと見事なシチュエーションに、胸の奥にある小さな乙女心が小さくキュンと鳴った。「言葉」は、人を傷つける武器にも人と人を繋ぐ縁にもなる。おばあちゃんや読おじさんの「言葉」というものの使い方、在り方が詠子ちゃんを通して心の奥まで伝わってくる。また、発言の規制が厳しかった時代の提示と一見自由な発言が許されているかのように見える今の時代への警鐘も鳴らされている。胸がキュンとなるストーリーを楽しみながら言葉の力を感じて欲しいなって思います。
この言葉が響きます。「プレゼントと言葉は同じ、相手のことをよく考えて渡さなければならない。」「どんなに不格好でも言葉は自分で考えなければならない」
読了日:05月31日 著者:久米絵美里



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たわわに実る 杏
ご近所さんのお庭にあります。
3月、白いかわいいお花を満開に咲かせて楽しませてくれました♪





5月に読んだ本を改めて見返していて、自分のアンテナが何に反応しているのか・・・
「生き方」なんだなぁ

こんな時、自分ならどうする?
どうすることが自分の中にある魂が納得するのだろう?
どんなとき自分の心が喜ぶのだろう?

ん… 目指す理想に向かって自己成長に励みながら、学びたいのは「言葉」なんだ。

かけてあげたい言葉、今の自分の想いを伝える言葉、言葉に込めた想い、言葉の裏にある心をみる。


理想・・・ 今一番はトルストイの平和思想

 


『トルストイ人生読本(春)』p135~143 七日目の物語『天使ガブリエル』(ペルシアの教話)・『祈祷』(トルストイ)を読んだその時の私の想いを書き留めたメモより

 生きていく中に起こることを受け入れ、いかなる困難や苦であっても
 それを糧として希望を持って真理に向かって生き抜いていく
 それが、人生というものだ。
 
 祈りは叶えてもらうものではない
 自分の努力・生き方で叶えていくものである。
 
 今・現在において未来は誰も知らないのだから
 いま起こっていることがベストであると理解し
 その時その時をベストであるように生きるのだ。
 
 哲学を学び、真理にむかって向上する日々であれ!
 そして、学んだことを話していこう!

 人びとが真に求めているのは「平和」
 安全に安心して暮していける社会なのだ。

 宗教とは、その道に導くものである。

 



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わが家の花壇に咲いた真っ赤な大輪のバラ
次から次へと蕾をつけ花を咲かせ楽しませてくれる

咲いた花をみて、私の口角が上がる
ほんのり漂う香りをかいでhappy気分♪






日々読み進めている『 トルストイ人生読本(夏)』

少し前に、「鶴瓶の家族に乾杯」というTV番組で
トルストイの翻訳をされた北御門二郎さんの娘さんが営む
こどもの本の店「竹とんぼ」が紹介されたということを知った。

私にとって運命的出会いです♪

文読む月日〈上〉 (ちくま文庫)

レフ・ニコラエヴィチ トルストイ/筑摩書房

訳:北御門二郎


上・中・下巻あります。



読メのレビューを読むと
私のいま読んでいる黒田乙吉 編『 トルストイ人生読本 』春・夏・秋・冬
と、同じものように思われます。

ただ、この本は編者黒田乙吉とあるだけで訳者名は記されていません。


しばし 北御門二郎氏について調べてみて…

超 尊敬!!

心訳といわれる北御門二郎氏の訳でも読んでみたいなぁ。



まずはコレが読みたい!

北御門二郎 魂の自由を求めて: トルストイに魅せられた良心的兵役拒否者 (ジュニア・ノンフィクション)

ぶな 葉一/銀の鈴社

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6/4 入手♪



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伸びろ! 竹の子のように 真っ直ぐに !!











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by sakura8sakura | 2018-06-01 18:45 | 読書メーター
トルストイ『人はなんで生きるか』に心が洗われた!

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇 (岩波文庫)

トルストイ/岩波書店

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『人はなんで生きるか』

ひとりの貧しい靴屋、セミョーン。
礼拝堂のそばに素っ裸の男を見つけるのですが、そこまでのセミョーンの言動を見ているとまぁ、どうしようもない人だなぁ…と思っていたのだけど。
この素っ裸の男(ミハイル)と関わるととんでもないことになるかもしれない…でも…助けるべきかどうか…と迷うんですね。
だけど、セミョーンの良心がとがめてきた。

「おまえはいったいどうしたというのだ、セミョーン?」と彼は自分に言うのだった。「ひとが災難になって死にかけているのに、おまえはこわがって、見て見ぬふりをしようとしている。それともおまえは、それほどたいした金持ちにでもなったというのか?」もっているものをとられるのがそんなにこわいのか?おい、セミョーン、よくねえだぞ!」セミョーンは踵をかえして、その男の方へ戻って行った。

このセミョーンの心、自分の中の善と悪の心の葛藤が短いんだけど絶妙に表現されている。だって、私の心も同じように動いたんだもん(*´∀`*)



セミョーンの心には愛が、憐憫の心、慈愛が働いたのです。
損得(この場面の前に描かれてるんですけどね)ではない、そのときの自分にあった出来るだけのことをするんですね。
ミハイルを連れて帰ると案の定、妻は怒る。そんなマトリョーナを諭してこう言う。
「マトリョーナ、おまえの心にゃ、神さまはいなされねえのかい?!」

もう一度ミハイルを見たマトリョーナの怒りは消え、マトリョーナの心にも憐憫の心、慈愛が働いたのだろう。



「さて、若い衆――おなかはパンをほしがるし、裸のからだは着物をほしがる。人間は働いて食わなきゃなんねぇ。おまえさん何か仕事ができるかね?」

セミョーンはミハイルに自分の靴屋の仕事を教えた。
ここでは、勤労することで生きることを教えているのだと思いました。

セミョーンの靴屋で働きながら人間社会で生きていく6年間のなかで、ミハイルは神さまに与えられた問いの答えを体験することが出来たんですね。


【人間のなかにあるもののなんであるかを知るだろう】
【人間に与えられていないものはなんであるかを知るだろう】
【ひとはなんで生きるものであるかを知るだろう】



最後にミハイルがなぜこの世におちて来たのかが語られます。


3つの神さまのお言葉の答えを知るためであり、セミョーンとマトリョーナの姿に、傲慢な大男の客の姿に、血縁のない双子の子を慈しみ育てた婦人の姿に出逢い知ることができた。そして、この三つ目の答えを身を以て知ったミハエル(三度の微笑み)は神さまにゆるされたことを知ったんですね。

「すべてのひとはは自分のことを考える心だけでなく、愛によって生きているのだと言うことを知りました」

あらすじを書きたいほど素晴らしいお話です!






『火を粗末にすると――消せなくなる』

火とは、心
 不信の心、疑心、悪心

「遅らせてはなんねえ、火は初めのうちに消さなきゃいけねえ、燃えあがってしまったら、どうすることもできねえでな」

「相手の良心が、自分で自分を責めるだって」





『愛のあるところに神あり』

いかなる時も、慈悲心をもって誠実であれ!
情けは人のためならず、ですよ。





『ろうそく』
「目には目を、歯には歯を」と言えることあるを汝ら聞けり。されど汝らに告ぐ――悪しき者に抵抗うな。(マタイ伝第五章第三十八、三十九節)

「もし悪を滅ぼすのに悪をもってしてもいいのなら、神さまがわしらにそういう掟をお与え下されただが、そうではねえから、べつの仕方が示されてあるだで。おまえが悪をもって悪を滅ぼそうとすれば、それはおまえに返ってくるだよ。人を殺すないいことでねえ!血が魂にはねかかるだ。人を殺せば、自分の魂が血だらけになるだ。おまえは悪人を殺したつもりでも、――悪を滅ぼしたつもりでも、そのじつおまえは、それよりもっとわるい悪を、自分のうちへ引き込むことになるだ。災難には負けているがいい。そのうちには災難がおまえに負けるようになるよ」





『二老人』
金持ちの百姓の老人と金持ちではない老人の二人が、エルサレムへの神詣の旅へ出かける。

金持ちではない百姓の老人エリセイは、かき集めてこさえた旅費を手に。
旅の途中、喉の渇きのため水を一杯請うために一軒の家に立ち寄った。そこに住むひとは貧しさのあまり今にも死にたえていく様相で、エリセイは幾日か滞在し自分のお金(旅費)と労力を使ってこの一家を助けた。が、残っている旅費がこれからの旅に足らないことを知り、エルサレムへいくことをあきらめ、残り金を老婆に渡し家の者たちに何も告げずにそっと帰途についた。

もう一人の金持ちの百姓の老人エフィームは、しばらくエリセイを待っていたが先へと進みエルサレムへ着くことが出来た。
そこで、一ばん目につく、一ばんありがたい場所に立って、両手をひろげ、何か自分の上にあるものでも見ているように、上のほうをじっと見ているエリセイ(にみえる)の姿見た。

要するに、エルサレムへの旅を断念したが、かの一家を慈悲をもって救ったエリセイは、普通に神詣に参拝した以上の善を尽くしたということなのでしょう。神の御心を自身の身を以て振る舞うことが信仰心のあるべき姿だとトルストイは言っているのだと思う。



『イワン・イリッチの死』を読んで以来の、トルストイの作品。
大作が多くて(汗)なかなか読めなかったのだけど、題名は重々しいけど民話集・短編集ということで、比較的軽い気持ちで^^;手に取ったが、なんとなんと!素晴らしい作品でした。(偉そうですみません^^;)

複雑な人間関係があるではなし、単純という言葉を使うには申し訳ないのですが… シンプル?かつ明瞭
それでいて、脳裏に、まざまざと映像が浮かび、心が動かされ、心が洗われる感動がありました。
なんだろうね、人間にとって一番大切なことを、おじいちゃんに諭され教えられるように心に響いてきます。
昔話とかの教訓のようでもあるけど、それよりももっと現実的なストーリーがよりわかりやすいのかもしれませんね。ロシア正教の神という概念での譚ですが、そこには拘らず、人類の心の内にあるものという共通なものを感じれば何の隔たりもないと思います。

愛・慈悲・思いやり 素敵なものが内在する人間の可能性が未来を明るくするのだと思います。






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by sakura8sakura | 2017-09-22 14:55 | 読書
師弟の旅の徒然に 様々なことを 師と共に!
 私の師・戸田先生は、折々に、さまざまなことを教えてくださった。
 若き日に師と二人だけの「戸田大学」で勉強したことは、今でも、頭脳に光残っている。
 また私は、戸田先生に、朝から晩まで、365日、身に影の添うがごとく、お仕えした。
 その都度その都度、先生は、ダイヤモンドの輝くような含蓄深き哲学を、残してくださった。また、教えてくださったのである。

 「権力」という問題についても、先生は、さまざまな角度から、将来のことを考えて、論じ残されていた。
 ある時は、権力と自由の問題を考え抜いたロシアの有名な哲学者べルジャーエフのことも話題になった。彼は、革命後に祖国を永久追放されている。権力は恐ろしい。
 「権力は、偉大なる責任感が備わり、崇高な義務を背負った、最良で、選び抜かれた人格が持つべきものである」とは、彼ベルジャーエフの言葉である。全くの正論である。
 権力には魔性があるからだ。「権力 ― そのテーブルにつくと、誰も自分からは立ち上がれない」(イスカンデール、同期)と喝破した現代作家もいる。
 いったん権力を手に入れると、それを手放したくなくなる。それが権力の恐ろしさである。
 だからこそ、民衆よ、賢くあれ!
 青年よ、心して政治を監視せよ!
 これが、戸田先生の結論であった。

 また、「生老病死」の問題は、仏法の真髄であり、常に、御書や法華経のうえから、詳しく伺った。
 そのうえで、戸田先生は、「良き思想家の文を読むように!よき世界の文学を読むように!すべてが、一流の次元の論理であり、真理であり、重要な深遠な哲学であることを、忘れてはならない。はすっぱな雑誌や、売名的な著者や、金もうけの作文家は、論外として!」と、鋭い眼差しで、言われた。
 「仏法をもっているからといって、独善的になってはならない。あらゆる学問、あらゆる文学、あらゆる一流の思想家たちの持論・論調を、勉強することが、特に大事である。
 それが、より仏法を理解し、さらに、心広々と仏法の深遠さを明快にしゆくための、『序分』『流通分』となっていくからだ」
 ”仏教者は独善、宗教者は独善、信仰者は独善”というイメージを、戸田先生は一変された。
 壮大なる仏法の大海と、あらゆる思想哲学の水脈を結び、人類に与えるように努力されたのである。

 先生は、「生死」を論じる際にも、仏法を基調としながら、しかも縦横自在に語ってくださった。
 ある時は、「人間、死ぬからいいのだ。誰も死ななかったら大変だよ」と呵々大笑されていた。
 作家チェーホフの言葉に、「死は恐ろしいが、永遠に生きつづけて死ぬことはないと認識することは、よりいっそう恐ろしい」(同前)とあるが、全く、その通りである。
 また、先生には、トルストイの「吾々の生活が善良であればあるだけ、それだけ死の恐怖は少なくなり、軽くなる」(『求道読本 一日一善』上、原久一郎訳、岩波書店)との箴言も教わった。
 良く生きた人にとって、死とは、次の生に向かっての、朗らかな新しき出発である。
 ゆえに戸田先生は、「人生の勝負は、最後の数年間で決まる。途中では決まらない。人生は最後で勝て!」と、繰り返し、言われたのだ。

 人生の意味についても、戸田先生は、折にふれ、私に語ってくださった。読まれた書物を通して、教えられることもよくあった。
 「こういう本を読んでおけ!とくに世界文学、または世界の文学者の理念を知るように!」と、厳しかった。
 今、私は、月刊誌「潮」誌上で、てい談「世界の文学を語る」を連載させていただいている。が、全部、戸田先生から教わったことが、基本である。

 モスクワ大学の創立者であり、著名な科学者であり、詩人でもあるロモノーソフのことも学んだ。
 「苦労して善事を為したとき、苦労は過ぎ去るが、悪事は残りゆく」とは、彼の名言である。
 また、戸田先生とほぼ同じ年代を生きた、小説家レオーノフの言葉に、こうあった。
 「人生の美とは、何よりも、一人一人が自分の天性と自分の仕事に見合った振る舞いをするなかに、存在する」(同前)と。
 見栄や虚栄に流されるのではなく、自分らしく、堅実に生き抜いていくところに、人生の真実の美しさがあるというのである。

 とくに先生は、トルストイも大変お好きで、よく言葉を引いて語ってくださった。
 今、私の手元にあるトルストイの箴言もまた、先生の師子吼を思い起こさせるものである。
 一つは、「臆病な味方は、敵よりも危険だ。なぜなら、敵に対して危ぶむが、味方には当てにするからである」(同前)と。
 もう一つは、「悪人の持つ力が、彼らが団結することであるとするならば、善人たちも力を得るために、同じことをせねばならない」(同前)と。

 一人立つ勇気!
 異体同心の団結!
 戸田先生が弟子に託し残された、この二つの宝剣をもって戦っていく限り、わが学会は、勝利、勝利へと、永遠に進み続けることができるのだ。


池田大作全集70,545~548p 同71,216~222p にロモノーソフ 氏についてあります。追記(2016.7.18)



 心に留めておきたいところを抜き書きしておこうと始めたのですが。全文となりました。


不思議な出合い

 我が家にある『池田大作全集』って全巻揃ってるのかしら? 発刊されると届けてくださってた本屋さんが辞められた頃から買ってないかなぁ?と思い調べてみて、不足しているもので買い足したのがこの『池田大作全集131巻』
 昨日届いてみると、 随筆 新・人間革命3 あれ?これあったような…(汗)
私が注文したかったのは、131巻ではなく131回配本分だったのです。注文時に勘違いしてたようです…
OBAKA~!
まぁまぁと、目次を見てると… ふと気になったものが、これ、師弟の旅の徒然に 様々なことを 師と共に!


 いつだったかな、そもそもの始りである第一巻の序分を読んで。なぜ今まで読まなかったのか!と自分を責める思いを感じたのは。
『池田大作全集』学んでいかないとな!との思いを強くしました。

 全150巻の『池田大作全集』、第1回配本 第1巻の発刊の辞にこうありました。
 百年、二百年後の若き学徒達がこの全集をひもとく時、恐らくあらゆる険難を乗り越えるための解答を見出すであろうし、そこに常に新たな勇気と力を得ながら、過たずに広布の大道を歩みゆけることを確信するものであろう。
 そして、第150回配本 第150巻後記には
「根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながし」(御書329p)この『池田大作全集』が、百年先、二百年先の読者にとっても、人生の苦悩を開き、時代の闇を照らし、平和実現への偉大な智慧を授ける不滅の拠りどころとなることを確信してやまない。


 今にして思えば、苦悩し探し求めたはじめの本が『方便品・寿量品講義』の小さな本3冊だったことも不思議な出合いであったこと。
『世界の文学を語る』の本との出合いも、昨年、戦後70年への思いで広島平和記念公園へいく直前の2015.5.25に注文(amazonの注文履歴ありがたや!)していて、あらためて手に取ったのがこのとき
少しづつ読み進めて、2016.1.16に読書メーターに感想をUP

『方便品・寿量品講義』も『池田大作全集35巻』です。今回不足分として買い足しました。

『つれづれ随想』も、『池田大作全集22巻』の中に収録されています。学びに使ったのは、全集になる前の単行本との出合いだったのです。金糸を織り込んだような装丁の美しさや外箱に描かれていた、しだれ桜の絵(戸田三顕ではないかと思います)に魅かれて手にとり開いたのが始まりでした。
 
 つれづれ随想 -私の説話抄- で考える。♪ と題して、自分の学びとして向かい合いました。それを終えて、さて、次は何をしようかと…頭の中に置きつつ、急ぐこともなく焦ることもなく自然に任せていました。

 ということで、この「師弟の旅の徒然に 様々なことを 師と共に! 」池田大作全集2000年7月7日、を読み感じ、こんな出合いを大切にしながら『池田大作全集』での学びをしていこうと思います。


2016.7.12





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by sakura8sakura | 2016-07-12 05:48 | 池田大作全集
「弓矢」の絆
 春も四月という音律を聞くと、なんとなく暖かくのどかな感じをうけるものである。花びらを肩に受けながら、和服のお母さまに手を引かれながらの、小学生の入学式の、歩みゆく姿は、なんともいえぬ絵と抒情詩を思わせるものがある。

 家庭内のトラブルによる事件(20歳になる浪人中の若者が、金属バットを振るって両親を殴殺―)は、外からはうかがい知れぬ入り組んだ事情があるもので、私も軽々には論じたくはない。
 しかし、一連の経過を見ていると、一つのことだけは、まず間違いないといってよいと思う。それは、両親の間の亀裂が、そのまま若者の心のなかに、深い傷跡を残していったということである。
 昨今のように、人の心の荒んでいる時代には、夫婦の絆こそ、子らの心を守る、最後にして最大の防波堤なのだ、と感を改めて深くしたものの一人である。

 夫婦の絆といえば、ある婦人から、日蓮大聖人の御遺文集の一節の拝し方について問われたことがある。
 というのは「女人は水のごとし・うつは(器)物にしたがう・女人は矢のごとし・弓につが(番)はさる・女人はふね(舟)のごとし・かぢ(楫)のまかするによるべし、しかるに女人はをとこ(夫)・ぬす(盗)人なれば女人ぬす人となる……」とあるけれど、夫婦といっても独立した人格、夫というものは妻にとって、どうしてこのような決定的な存在になるのでしょうか ―― とその婦人はいうのである。
「いや」―― 私は答えた ―― 「それは、夫婦の本当の意味の愛情というか、深い信頼感をおっしゃっているのだと思う。大聖人はほかのところで『や(箭)のはしる事は弓のちから・くものゆくことはるい(竜)のちから、をとこ(夫)のしわざはめ(婦)のちからなり』と妻の果たす絶大な役割を教えられてもいる。互いに弓のごとく、矢のごとく、それは夫婦の契りというものの、理想的なあり方を指摘しておられるのではないか」と。
 ふつう、” 鴛鴦(えんおう)の契り ”とか ” 比翼の鳥、連理の枝 ”に譬えられる夫婦の絆の深さというものを考えるとき、私はいつも『戦争と平和』に描かれた一人の女性・ナターシャを思い起こさずにはいられない。

 生気に満ちて魅力的なこの貴族令嬢は、結婚後、華やかな社交界とはきっぱり縁を切り、ロシアの大地の匂いのする妻、母へと変貌していくのである。以前のナターシャとは別人のようであるが、彼女の日々は、どっしりとした自信に溢れている。夫・ピエールとの間の深く固い信頼の絆で支えられているからだ。
 ピエールは、ツァーリ(皇帝)の圧政に反発して、ある秘密結社に加わって運動している。そんな彼が、あるとき書斎で、友人を相手に活発な政論を戦わせている最中、ナターシャがはいってくる――。
「話の最中にはいって来たナターシャは、嬉しそうに夫を眺めていた。彼女は夫の言っていることを喜んでいたのではなかった。そんなことは彼女にはなんの興味もなかった。そんなことはみな、きわめて単純なことで、ずっと前から知っていることのように思われていたからである。(そんはふうに思われたのは、彼女はそれが出てくる源――ピエールの心をすっかり知っていたからである)彼女はただ、彼のいきいきした、感激にみちた様子を見るのが嬉しかったのである」

 文豪トルストイの筆致は、さすがに見事な冴えを見せている。
 ナターシャの自信は、もっともっと奥深い次元、つまり「それが出てくる源 ―― ピエールの心」を知り、信じているところから出てくるものである。この次元の労作業こそ、じつは人生における最重要の課題であることを、彼女は生きて知ったのだ。
 古今の文学を通じて、夫婦の絆というものを、これほど感銘深く見事に描き出した作品はまれではないかと、私は思っている。

つれづれ随想より抜粋 



 互いに弓のごとく、矢のごとく、それは夫婦の契りというものの、理想的なあり方を指摘しておられるのではないか

 重要なことは、『互いの』というところかと思います。
前文に引かれている御書の一節では主人の力、後文に引かれている御書の一節では婦人の力がとあるから、先生は、「互いに弓のごとく、矢のごとく、それは夫婦の契りというものの、理想的なあり方を指摘しておられるのではないか」と教えられています。

『戦争と平和』をまだ読んでいないので先生の引用された部分で思索してみます。

 ナターシャの自信は、もっともっと奥深い次元、つまり「それが出てくる源 ―― ピエールの心」を知り、信じているところから出てくるものである。この次元の労作業こそ、じつは人生における最重要の課題であることを、彼女は生きて知ったのだ。

 日常のなかで、互いに思いや感じたことなどを話し合ってお互いのことをよく知っていなければ、ナターシャのようにはなれないですね^^;
そして、互いに信頼しあう、尊敬しあう、認め合う関係であること。
そこに(場であり雰囲気であり)見えるものは、安心感なんでしょうね。
 だけど、先生はこの次元の労作業こそと言われています。そこに至るまで、その過程に努力し築かれていくもので、それがどういうものかを知ることは、失ったときに知ることが多いがナターシャはそれを、今現在において知っている。


 さて、自分自身において考えてみた。
ふむ…。ものごとに対しての考え方は、割と食い違うことが多い^^; だけどそういう思考であるということは知っているので。そこで、大事になってくるのが差異の部分も認め合うこと。言葉で言うと簡単そうですが… なかなか難しいときもあります。そんな時はとりあえず「そうなの?」と疑問符つきでありながらでも認める。言い切らないように気をつけています^^ まだ、過程ですからね。大事なのは対話。
 あとは、お題目。自分の生命力を高めるように唱題する。今在る、自身の生命境涯を見つめてみる。不思議と冷静になるもんですよ。何があっても揺るがない自己の中に一本の芯を築き上げること。

 夫婦の絆ということで考えてみたけれども、これって人間関係においても同じことだと思います。お互いが弓となるような縁になれれば、お互いが生き生きとしていけるのではと思います。







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熊本地震での被害が最小でありますようにと願うと共に

みなさまの安全とご無事であることを、

また、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。



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by sakura8sakura | 2016-04-19 14:05 | 説話
『イワンイリッチの死』 トルストイ

2015.11.8 トルストイ 『イワン・イリッチの死』 読了


 一人の平凡な人間であるイワン・イリッチは社会的な自尊心や社交的な虚栄心が満たされることそこに幸福があると、自身が思い描いた通りの人生を歩んでいたはず…だが病により近づいてくる死と直面したとき彼の内面から湧きあがる苛立ちや恐怖からそれらが彼を癒すことはできなかった。
 ただ、ゲラーシムの振る舞いだけが彼を慰めた。それは何だったんだろう… 心の声に耳を傾け自問自答する。最期の時イワン・イリッチはハッキリとわかった。本当に大切なものは何かを。

 親友であるピョートル・イワノーヴィッチも同じ一人の平凡な人間である。
『死人はすべての死人と同じように、いかにも死人らしく…すべての死人の例にもれず、彼の顔は在世の時よりも美しく、だいいちもっともらしかった。その顔には、必要なことはしてしまった、しかも立派にしてのけたとでもいうような表情があった。のみならずこの表情のうちには生きている者に対する非難というか注意というかそんなものが感じられた。』
ピョートル・イワノーヴィッチは、棺の中に横たわるイワン・イリッチを見て無意識的(直感)に感じ取っているのだろうなと。だけど、生前のイワン・イリッチと同じように、そこから意識的に目をそらしてしまう…
ここが、とっても気になりました。無意識と意識。この場合だと無意識が正しい判断をしているってことになるかな…

 トルストイはそれを言葉にしていました。『自分でもはっきりしないうちに、いつものような考えが助けに現れた』無意識に感じたことが真実であり、それを否定するために自分の意識で解釈してしまう。
 イワン・イリッチが最期の時を迎えるまでの3日間の、凄まじい内面から湧き起る無意識と正しいとこれまでの生きてきたことの意識(意思)の攻防? 
死ぬ2時間まえのに訪れた真実を悟ったとき、急に静かになった。その真実「本当のこと」を実行したとき、イワン・イリッチは死の恐怖から放たれた。

 その真実「本当のこと」、法華経の心。慈悲。心から他者を思い遣る心…。







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by sakura8sakura | 2015-11-13 13:00 | 読書
有為の雲
 日蓮大聖人は御遺文集の中で「秋の暮に月を詠めし時戯れむつびし人も月と共に有為の雲に入りて後面影ばかり身にそひて物いふことなし月は西山に入るといえども亦こん秋も詠むべし然れどもかくれし人は今いづくにか住みぬらんおぼつかなし」と、人生の無常なる一面を述べられつつ、日々確たる人生を築きゆくことの大切さを教えられている。

 「有為」とは「無為」に対することばで、流転し消滅しゆく事物を指す。
 たしかにそれも大切であろう。しかし「有為」がすべてと思っていると、それらが厚い雲の陰に隠れてしまったとき、残るのはいいようのない空しさだけではあるまいか。

 ちょうど、イワン・イリッチがそうであったように___。
 限られた人生である。なにが「本当の事」であるか見失うことのない求道と前進の日々、そして生涯そうでありたいものである。

 池田先生は、ここで、4つの書を引用してくださっています。
 太宰治『走れメロス』 友情の真髄の証
 吉田兼好『徒然草』 病に限らす人生の登攀路にあって多くの苦難というものがもたらす、人間の内面的な深まりを示唆

 そして、トルストイ『イワン・イリッチの死』
一人の平凡な人間が、病気に襲われたことを契機に、徐々に人生の真実に目覚めゆくさまを描いた傑作。
 生死の問題を描いて、文豪の筆はたぐいまれな冴えを示しており、長編にも劣らない、人の心に訴えるなにかがある。
 「今の彼イワン・イリッチを造りあげた時代が始まるやいなや、その当時よろこびと思えたものが、今の彼の目から見ると、すべて空しく消えてしまい、なにかやくざなものと化し終り、その多くは穢らわしいものにさえ思われた」
 そして死の二時間前、一つの啓示がおとずれる。「本当の事」。死の恐怖が去り、死の代わりに光があった。『いよいよお終いだ!』誰かが頭の上で言った。彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。『もう死はおしまいだ』と彼は自分で自分に言い聞かした。『もう死はなくなったのだ』。臨終。

つれづれ随想より 一部抜粋


 人生をどう生きるか、人それぞれであるだろうけど・・・
イワン・イリッチがそうであったように___。
自分の死を目の前にしたとき、どんなことが思い廻るのでしょう・・・

 9月27日の聖教新聞に、池田先生の詩が掲載されていました。
 単に“生きている”だけなら、わざわざ苦しい山登りなどする必要はない。
 登山は、
 あえて「困難に挑もう」とする文明人の行為である。
 宗教もまた、
 単に“生存している”だけなら必要ないかもしれない。
 しかし、「よりよく生きよう!」「より高い境涯を登ろう!」
 とした時、
 正しい宗教が必要となる。
 登山が文明人の行為であるがごとく
 宗教も
 文化人、文明人の証なのである。
 「知性なき宗教」は独善になる。
 しかし、単なる「知性」だけでは、
 「幸福」は生めない。
 「知性」が人類に
 欠けているのではなく、
 欠けているのは
 「慈愛をもった知性」である。
 つまり「智慧」である。
 これを広げるのが広宣流布である。

 ただ純真というだけでは、
 縁に紛動されやすく、
 悪しき権威に利用されやすい。
 自分自身できちんと
 正邪を見極めていける、
 確かなる信仰者を
 一人でも多くつくっていく___
 これが今、最も正しく、
 最も大事な将来への道である。

 「学は光」であり、
 「知は力」である。
 学理、道理には、
 国境を超えて、万人を納得させる
 普遍の光がある。
 暴君さえも屈服させる
 正義の力がある。
 学ぶのだ、民衆のために!
 学ぶのだ、勝利のために!
 「悩める一人を幸福にするため」に
 貪欲に学ぶのだ。

 「生命」という妙なる実在を究めんとする営みの中で生まれた。
 閉ざされた主観に安住せず、知を求め、知との対話によって、信を深め、人間の完成と平和の社会を目指す__ ここに名誉会長の示す世界宗教がある。

 正しいものを正しいと見極められる目を養うこと、心を磨くこと(お題目)。
学んだ知識を智慧とし、慈愛を持ってどう伝えていくのか。
ここ数年、自分の課題として取り組んできたこと。間違っていなかったのだなぁと嬉しく思い、また、もっと深いものであったのだと強く思いました。

 今日も朗らかに自分らしく一歩前進♪ と、「法華経の心」で生き、「法華経の心」を伝えていこうと日々を送っています。



「無為」であること。老子の言葉である「無為自然」と生きるといいんでしょうね^^
「無為自然」とは、人間にとって「どう生きるべきか」の指標となるものです。

 『一生成仏の信心 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経。』一生成仏抄(御書383~384p)










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by sakura8sakura | 2015-10-03 13:00 | 説話
  

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