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伝説の灘校教師が教える 一生役立つ 学ぶ力

伝説の灘校教師が教える 一生役立つ 学ぶ力

橋本 武/日本実業出版社

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確かに、今現実に橋本先生と同じような授業をできるのか?と問われれば、現・学習指導要綱などを考えると難しいかもしれません。
でも、本当に生きる力をつける・教えるという意味で「教育」があるのであれば、これが「教える」「学ぶ」ということなんだと思う。

この本を執筆されたときのお歳は、まもなく100歳となられるころ。
語られる内容ひとつひとつに、経験と実績の深みがあります。
引用部分の太字は本にあるとおりにしています。それは、橋本先生の想いであるからと思うからです。

はじめに、から引用しておきます。
私の授業をそのまま真似する必要はありませんし、そもそも、そんなことはまったく望んでいません。
ただ、この本を読んで、教育や子育て、あるいは日々生きていくことのヒントを得られたとしたら、筆者としてこれ以上の幸せはありません。
目次を読むだけで、今私が知りたい!と思うことばかりで、読んでいて楽しくって、なるほど!と橋本先生の言葉が響いてきます。今の私にも十分学ばせていただきました。


中勘助さんの『銀の匙』を、3年間とにかく読み込む。
この本を選択したのは、橋本先生が尊敬する中勘助さんがご自身の人生を描いた本がこの『銀の匙』であったから。

銀の匙 (角川文庫)

中 勘助/KADOKAWA/角川書店

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「横道にそれる」ことを勧める。
この一冊の本の中で、わからない言葉や疑問に思ったことを徹底して自分で調べる、実際に体験すること。
それが橋本先生のおっしゃる「横道にそれる」
この、「横道」という言葉にひどく感銘を受けました。
「横道にそれる」ことをすることで広がっていく世界がある。その横道にこそ、自分が欲し選んだものであり自分の感性を深めていくことができ、結果的に最短な道になるのだろう。

長い間、国語の教師を務めてきてはっきり言えること。それは“国語力”がすべての学問の基礎になるということです。
文系の科目はもとより、理数系でもまずは説明や設問などの文章を理解できなければはじまりません。だから、国語力を鍛えておけば、理数系科目の理解度もグンとアップするわけです。
さらに、国語力は生活全般で必要になります。つまり、国語力イコール“生活力”なのです。相手のことを理解する、そして、自分のことを相手に理解してもらうという人間関係の基本的、かつ、最も重要な場面において、国語の力や読解力はいやでも試されます。
ただし、子供に対し「国語力は大事だ」ということを言ってみたところでどうしようもありません。
そうではなく、自然とそういったことがわかる、感じられるようにもっていくのが教師、大人の役目。それを私なりにこころざしたひとつの結果が、「銀の匙の授業」でした。

もう、これは私の課題とすることを言われているのであって、それはどうしたらいいの?って聞きたい!ってなるでしょ(笑)

ひとりの人生において体験できること、見聞きできることはおのずと限られている。しかし読書を通じて、そうした自分では体験できないことを知ることができるとともに、自分とは違う人間、生き方があるということも見えてくると。
一冊でも多く読めば、それだけさまざまな生き方、人間像が体験できるわけですから。

「銀の匙授業」だけでは、人にはいろいろな生き方があるということを知るという点においては、限界があります。
ですから、「読書を通じての人生経験」を補足するために、『銀の匙』と並行して子どもたちにたくさんの本を読ませました。

橋本先生がこの『銀の匙』という本と出合ったような、自分にとって心酔できるお手本となる生き方を学べる一書と出合うまでには、「乱読」「多読」はある程度必要であるとも述べられていました。(汗)それは…しょうがない。自分にズキュンっと感じられるということは、自分で出会わななければわからないのですから。

これまで「ゆっくり読む」そして「できるだけ多く読む」という効果を説明してきました。しかし、しっかりとした国語力を身につけるためには、これだけでは十分と言えません。
実は、国語力のカギとなるのは「書く」なのです。

そのわけは、書くことによって、読むだけではなかなか身に付かない「判断力」「構成力」「集中力」が養われるからです。
ここの「判断力」「構成力」「集中力」が養われる理由は、なるほど!!!と納得いたしました。
あと、筆写することにも意味があって、作者が行ったことを生徒に“追体験”させていたのだろう。と、橋本先生が小学校の時の国語の授業で筆写していたことを語られています。自分を作者に置き換えながら文章を味わうことができるようになりました。と、読み流すだけでなく書くことによって、改めてそこで気がつく言葉があったり風景が見えたりすることを私もこのブログを書くことで体験しています。もちろん、手で直筆で書くともっといいのでしょうが… 
文章は手書きして体に覚えこませたほうが、本物の力になると思います。としっかりと太字で書かれていました。
やっぱりそうなのね^^;

無言の指導。「こうしなさい」「ああしなさい」と言われないと、何をしなければならないかを自分で考えるしかなくなる。自分で考えてやったことについては、自分で責任を持たなくてはならない。そう責任があるから真剣に取り組まなくてはならなくなり結果それが自分の力となり成長することができる。そんな体験から橋本先生はこう述べられている。
上から何も言われなければ、いやでも自分のなし得る最善の方法を考えて実践しなければなりません。

「銀の匙授業」を行うにあたっての橋本先生の心構えでもあったのでしょう。

教師が教師としての自分自身を磨いていけば、その姿は必ず子どもたちの胸に届く。生徒たちが喜んで勉強している様子から、そんなことを感じました。
そしてこれには、教師のみならず、教える人すべてに当てはまるのです。大人、親、先輩、上司、誰にでも同じことが言えるのです。
人に対する思いやりの気持ち、これが自然と身に付いたときに、人ははじめて大人になるのです。

「学ぶ意味」はこうなる為にあるだと仰っているのでしょう。

学びがあって成長し、成長したらまた新しい学びの場と出会うというように、勉強と成長は表裏一体の関係にあるわけです。
だからこそ、勉強は楽しく面白くやったほうがいいに決まっています。

もちろん、学んだことを全部覚えている必要もないし、そもそもそれは土台無理なはなしでしょう。しかし、ときには苦しいけど読む、書く、そして考える。そうしてみると、そのときは目一杯でも、あとで「心のゆとり」となって、必ずわが身に返ってきます。 それが、“教養”なのです。きっちりと労力をかけて学んだことは、どこかで必ず役に立ちます
この上積みこそが、受験などという近視眼的な目標ではなく、人生の方々で待ち受ける難問にぶち当たったとき、必ず役に立つわけです。

そうして、「横道」にすっかりそれたあとに、改めて本筋を見てみる、本筋に戻ってみる。すると、本筋たる勉強や仕事はきっと前よりずっと豊かになるでしょう。
「横道」というものは、つまり考えるきっかけのこと。
この「横道」は、実は日常生活のあらゆるところに張り巡らされています。要は、これに気づくかどうかだけなのです。
こうやって、いつでも頭を働かせて、当たり前だと思っていたことにも「ナゼだろう」と疑問を持ってみる。
 
日常生活の上でも、こういう頭になって置くことが大切なのですね。

最後に、橋本先生は「なりゆきに任せる生き方」というものを、ご自身の100年の人生を象徴するキーワードと仰っています。
そんなぁ!と思いもしましたが、橋本先生は自分のしたいことやりたいことがやれる環境があれば他に何も言うことはないのだと仰っています。いえば、それ以外に執着がないのです。他人との競争意識、出世意識、勝ち負けへのこだわり(修羅・勝他の念)がないのです。周りからの刺激やアドバイスなど常に受け入れられる性格でもあるようです。(感受性のアンテナがピンと立っているのです)と、遺伝されてきた御先祖に感謝していっらしゃる。だからこそ、自然と周りに言われるがままに、人生の針路を切り替えていったのかもしれません。

一方で、一見なりゆきに見えて、実は人間同士の深いつながりから生まれるもの、それが“縁”です。
まさに「袖触れ合うも他生(多生)の縁」という言葉があるように、ここまで生きてくると、どのような人とも縁深く結びついているより一層、感じられてきます


真剣と誠実と感謝とをもって、自分らしく自分の人生を歩まれたのですね。


よく人生の勝ち組、負け組などということが取り沙汰れます。経済的成功の象徴として、人生のあり方を勝ち負けという形で選別しているわけです。しかし、成功というものは、果たして経済的な側面からのみ測れるものなのでしょうか?
私にはわかりません。
わかりませんが、少なくとも私が言えること、それは、自分がやりたいことがやりたいようにできた、それが私にとっての成功だということです。
今日はあんなことがしたい、こんなことがしたい、そのなかで、今日はあのことができた。それだけで十分です。高望みなどしません。

今までもそうしてきました。
そして、これからもそうしていきます。
楽しくて仕方ない「学びの日々」が、今日も続いていきます。

2017.1.28朝
目にとまったマイカレンダーの今日の言葉が、橋本先生の生き方にぴったりだと思った。
人生には、「自分がやりたいこと」がある。また、「自分がやらねばならないこと」も「自分でなければできないこと」もある。
この「夢」と「責任」と「使命」を見つめ、「今、自分ができること」を誠実にやり抜いた時に、才能や可能性は必ず開花する。
『女性に贈る 100文字の幸福抄』(149p) 池田大作


見つけたいね、出合いたいね
『銀の匙』のような一書に
そして、いろんな横道に入ってみよう ♫

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あ、そうそう 橋本先生のこんな言葉がありましたよ。

本来なら地球のことを放っぽりだして戦争しているヒマなどないはずです。

とにかく、地球が死んだら人間は生きられません。

私に言わせれば、地球が空気に包まれているというだけでも、
十分不思議であり、十二分に奇跡なのです。


✿✿✿

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<(_ _ )>



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by sakura8sakura | 2017-01-28 07:00 | 読書
水に浮かぶ影
私はどういうわけか、毎年毎年多忙になり、読書も思うに任せない。書に親しむことは、人生のもっとも楽しく意義ある習性と心がけてきたつもりだあるが、なにせ多忙である。話題になった書物は、一度は目に通そうと思っても、なかなかその本を開くことができない昨今といってよい。そんな私への配慮であろうか、年若い友人などが、懇談のおり、ベストセラーの内容をかいつまんで話してくれたりする。
ある著名な作家が”乱塾時代”と呼ばれる現代の世相を扱った本の中に、特異な一組の母子が登場する。彼女の息子の人生コースには、東大文一→大蔵省→総理しかないと決めている。息子も固くそう信じている。そのコースに乗るために、塾選びに東奔西走し、また、大晦日から夜を徹しての席順取りも厭わない。が、さまざまな曲折を歩んだあげく、息子は大学三年浪人、母も、当初の覇気などみる影もなくやつれていく姿で終わっているそうだ。この話をしてくれた友人は「いわゆる”教育ママ”と呼ばれる人の典型なのでしょうか」と苦笑していた。
私は正直いって”教育ママ”というような言い方をあまり好まない。どこか、高みから見下ろすような、睥睨的な響きがあるからだ。現代のような教育危機の時代に、なんとか、わが子を立派に育てていこうというお母さんたちの必死の苦労は、その身になってみなければならないかもしれない。しかも、社会の荒廃もあって、そこに多くの歪みが生じがちである。その歪みにしても千差万別であって、画一的に”教育ママ”などという言葉でくくることはできないと、私は思っている。しかし、この小説にはやや極端な形で描かれているが、こうした傾向が、強まっていることも事実のようだ。多くを語る必要はあるまい。連日のように報道されている”子らの世界の悲劇”は、学校教育や家庭教育のかかえている問題の深刻さを、大人たちに垣間見せつけているから。そして、その黒々とした底辺に、学歴社会という”亡霊”がさ迷っていることも、多くの人びとの警告するところである。
私は、亡霊といった。たしかにそれは、現実社会における一つの亡霊なのではあるまいか。譲っていっても、人生真実なるものの、影の部分にすぎないのではなかろうか----

仏典に、水面に映った自分の影に翻弄される男の話が出てくる。
この愚かな男は、ある時、池の岸辺にたたずんで、水面にさかさまに映る自分の影に仰天する。
「助けてくれ!」ただならぬ叫びを聞きつけて、多くの人が駆けつける。
男は、「わたしはいま池の中にさかさまに落ちて死のうとしています!」と訴える。
人々は笑って諌めるが、男は聞き入れようとしない。それどころか、水面に浮かび映る多くの人影を指して
「あなた方こそよっぽど馬鹿ですよ。私一人だけの災難ではなく、あなた方みんなも池に落ちているというのに・・・」と言い張ってやまない。村人から見放された彼は、それでもなお、自分が池の中に溺れようとしていると信じ、助けを求め続けて、最後は悲嘆のあまり絶命してしまった、という。笑うに笑えぬ話である。

この男の顛末は、思い込みという怖さ以上に、影に脅える人生の愚かさを象徴していると思う。

この母子が望む、そこに繰りひろげられる、一見きらびやかな見栄の世界。そうした夢を追うのもいいかもしれない。しかし、それですべてが満足の軌道に乗るかといえば、けっしてそうではないと思う。
見栄には必ず嫉視がつきまとう。そして、嫉視のまなざしは、永遠に見果てぬ夢を追い続けるであろう。虚夢は所詮、虚夢でしかない。大地に踏ん張る足をもたぬ亡霊であると気づいたとき、わが人生の来し方はなんとも無残なものと化していくにちがいない。「東大文一→大蔵省→総理」にとりつかれた母親は、あの愚かな男を笑うことはできない。

私の恩師は、生前よく「自らの命に生きるべきだ」と強調してやまなかった。ああ見られている自分、こう見られている自分、それに一喜一憂し、焦ったり、劣等感で卑屈になったり、束の間の有頂天にひたってみたり。そこには、自分でなければ生き栄えていくことのできない真実の生の実感はない。それでは水面に動くあの男の影と、少しも違わないからである。
まず、腰をすえ、深く息を吸い、みずからの足元を見つめてみたいものだ。そして、他人の思惑など気にせずに、自分の道を一歩一歩、着実に歩むことこそ、賢明な生き方でなかろうか。
自らの命に生きる-----この平凡にして非凡な人生の真実に思いをめぐらすとき、私の網膜には、厳しくも温かい、わが人生にとっての恩師の笑顔が、さわやかに焼きついて離れないのである。


つれづれ随想より、抜粋


自分の人生、後悔することなく歩むため、何ものにも粉動されることなく
御本尊に唱題し仏の智慧を頂き、また、御書に照らし鑑みて・・
仏法者として誠実に生き切っていくことが、「自らの命に生きる」ということになるのでしょうか。

難しいことは、わからない^^;ですが。とにかく、↑を実践してみる。
只今、暴風雨って時もあります。^^; 多々・・・
また、立ち止まる時もあるかもしれない。考え込むこともあるかもしれない。
それでも、自分を見つめ また歩みを進めることが、今の私の「自らの命に生きる」であるように思えます^^



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by sakura8sakura | 2014-09-08 15:14 | 説話
  

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