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宮沢賢治『土神と狐』から学んだこと


土神と狐 (日本の童話名作選)

宮沢 賢治/偕成社

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作:宮沢賢治  絵:中村道雄

樺の木と土神と狐 彼らの心の動きを絶妙に描いている。

すべては自分の主観でものを見ているということ。
そして、人間の中にある「畜生の生命」「修羅の生命」「地獄の生命」「慈悲の心」を。


樺の木:綺麗でやさしそうな女性(木)なんですけどね^^ みんなに愛される存在。

土神:見た目はぼろぼろで、まぁ汚らしい風体といえばいいでしょうか。でも、建前や体裁の考えなく正直なので、他者に不安や恐怖を与えている。

狐:身なりもキチンとして、見た目は上品な風で言葉も丁寧で滅多に他者に不快な思いをさせないが、少々見栄っ張りで不正直者。


夏の初めの夜、樺の木と狐が満点の夜空をみて星の話をしている場面は、とても綺麗な風景が目に浮かびます。
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「惑星というのはですね。自分で光らないやつなんです。お日さまなんかは勿論恒星ですね。あんなに大きくてまぶしいんですが、もし途方もない遠くから見たら、やっぱり小さな星に見えるんでしょうね」

見る立ち位置が変れば見え方が違う。あんな大きな太陽だって小さく見えるんだよ。まして、星ってイメージないけどね。って言ってませんか?( ^ω^ )
要するに、みんな自分の主観でしか物事を見ていないんだよ。自分のなかにあるイメージで判断しているんだってことを賢治は伝えているように思った。



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「わしわね、どうも考えてみると、わからんことが沢山ある、なかなかわからんことが多いもんだね。」
と話す土神に、昨夜、狐とお星さまのお話をしていた樺の木は、「狐さんにでも聞いてみたらいかがでしょう。」と、つい言ってしまった。この言葉を聞いた土神は烈火のごとく瞋り出す。
 その様子を見た樺の木は、土神のお祭りの話題に変えたんだけど「人間どもは不届きだ。近頃は、わしの祭りにも供物一つ持って来ん――」と、きりきり歯噛みして怒る。


土神の主観であり、不信・疑心・思い込み・劣等感


「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる」
木こりに対してとった土神の行為は畜生界の心
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木こりは、谷地から抜け出そうにも同じ処を回っているばかりで抜け出せない。しまいには疲れて水の中に倒れてしまう。

そこで、土神は乱暴ではあるが木こりを草原に投げ出す。畜生の心にも菩薩の心があったのだ。

たまらなそうに両手で髪を掻きむしる土神。苦悩しているようだ。

自分の心をもてあますように、悪いのあの狐のせいだ!と独り嗔り愚痴りまくる。嗔るは地獄ですね。
そして、狐に嫉妬する修羅界
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この土神の中にある自分を自分でどうにも変えられない弱さと苦悩。どんどん生命が重く沈んでいく境涯まさに地に沈む地獄界。
狐に嫉妬する炎に苦しみ、その苦しみをもたらしたものへの「瞋り」
決して、自分自身にその原因があるとはとらえられない。そうとらえるだけの生命力がない。ゆえに、他を恨み、他に「瞋る」
また、苦しみをどうにもできない自分自身にも「瞋り」の炎が向けられることもある。その場合も、自分で不幸の責任を引き受け、変えていこうという強さではなく、無力な自分へのやり場のない恨みであり「うめき」なのです。
まさに「不自由」そのもの――獄に囚われた境涯。

※法華経の智慧(中)十界論の講義を参考にさせていただきました。



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 「天道というものはありがたいもんだ。春は赤く、夏は白く、秋は黄いろく、秋が黄いろになると葡萄は紫になる。実にありがたいもんだ。」

 「わしはな、今日は大へん気ぶんがいいんだ。今年の夏から実にいろいろつらい目にあったのだが、やっと今朝から、にわかに心持が軽くなった。
 「わしはいまなら誰のためにでも命をやる。みみずが死ななけぁならんなら、それにもわしはかわってやっていいのだ」土神は遠くの青いそらを見て言いました。その眼も黒く立派でした。

貪瞋痴の心から平穏な心になった土神は、みみずにも慈悲をかける優しさを見せてくれる。トンボを見る土神の姿にホッとする。こんな一面も土神のなかにあるのです。

太陽は恒星!自分で光れ!!って言ってるよね!!! だからね!納得!!!
あっ、縁を生かして光れ!もありかな……
賢治さんいろんなところに掛けてくる。
あら、こんなところにも?キラッって見えたら嬉しい♪







そんな穏やかな心もちでいる土神を妬ましく思った狐は、また、自分をよく見せようとする虚言癖が顔を現す。そして、土神を無視するように挨拶もしないで立ち去ろうとする。

その態度(縁)に土神の心にまた怒りの炎が燃えあがってしまった。

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狐の巣穴のなかはがらんどうで、狐の所有していたものは望遠鏡もなければ何もなく、狐のレインコートのポケットの中に枯れたかもがやの穂が二本と樺の木に貸してあげたハイネの詩集しかなかったのです。

土神はなにに嫉妬していたのでしょうか?
綺麗な身なりの狐をみて土神は自分の思い込みの贅沢な暮らしに嫉妬したのでしょうか?
自分にないものへの嫉妬の心と劣等感が生んだ幻想
取り返しのつかないことをしてしまったと気が付いたときにはもう…
あまりにも悲しい結末。

これらの心の働きは誰のなかにもあり、縁によって湧きおこるものということを知っておくことは大事ですね。
作中、狐が持っていたハイネの詩集、少し調べてみたらこんな一節がありました。

人間を照らす唯一のランプは理性であり、生の闇路を導く唯一本の杖は良心である。
ハイネ 「ドイツの宗教と哲学」



宮沢賢治の自然を表現する文章は、情緒的で趣があって季節の風の音や香りまで感じさせてくれます。
樺の木の星を見るキラキラした様子や恐怖にふるえる姿、困惑の影を落とす。

中村道雄さんの「組き木絵」それぞれの木の素材を生かして絵として組み込んでいる。
木のもつ風合いが、ぬくもりと優しさを伝えてくれる。これはもう、アートですね!

お話も絵もとても素敵な絵本でした♪





✿✿✿

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by sakura8sakura | 2017-10-11 01:23 | 読書
考えていたことを、もう一度考えながら読んだ。
9月月27日
梨木果歩さんの絵本『蟹塚縁起』を読んだ。
光と影の陰影が、なんとも素敵な絵でした。
http://sakura839.exblog.jp/28177816/

10月1日
2017年9月の読書メーターのまとめにつぶやいた
https://bookmeter.com/mutters/161032277

Googleさんで木内達朗さんの作品を検索する。
『蟹塚縁起』の他に描かれた絵を観てみたいと思い調べてみたのですが
同じような雰囲気の絵は、『氷河ねずみの毛皮』しか見つけられなかった。
じゃあ、この絵本を!と図書館へGo!! 

この出会いの大きさに気づく現在…

子どもの頃、あの毛皮の模様(?)の意味を知った時の衝撃は大きかった。ミンク・キツネ・ウサギ…と呼ばれるその言葉に可哀そう。と思った。体の小さなものほどたくさん… 林間学校のような課外授業で、絹糸のできるまでの工程を知った。えっ?!そのまま?… 残酷だなぁと思った。 生命のために命が使われていることを知らなきゃね。感謝!自然の循環を崩すほど…必要以上に要らないよね。足ることを知る! 帆布の上着を着た青年の言葉は、自然と共に生きる宮沢賢治の心の声かな。
梨木果歩さんの絵本『蟹塚縁起』の絵が素敵で画家は木内達朗さんとだと知った。絵からの繋がりで宮沢賢治作品のこの絵本に出会えたことが嬉しい。そして、この絵本の中にある一枚の絵が梨木果歩さんの本(表紙)に繋がってちょっとびっくりしました。その本にどう繋がるのかしら…?読まなきゃ♪
https://bookmeter.com/books/529600

氷河ねずみの毛皮 (日本の童話名作選)

宮沢 賢治/偕成社

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10月5日
そうそう!この暖炉の炎と照らす光と影!!
宮沢賢治のお話なんだ… と、脳裏に感じながら表紙絵を堪能♪
絵をひとつひとつ鑑賞しながら読み続けること数ページ
めくった瞬間飛び込んできたこの絵。

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えっ!梨木さんの本の絵?
梨木香歩さんの本をどれから読もうか?と、読書メーターで梨木作品の表紙一覧でこの絵を見ていたのでびっくり!
こんな出逢いには意味がある!
これは、何度も経験してきたこと。
今、これを読めってこと!

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梨木さんが、たった一日の出来事を物語りながら提起する問題のほとんどが、わたしの現在に有る。
長くなりそうだけど… 梨木さんの言葉をひとつひとつ辿りなおしてみよう。

そこで、今日の記事のタイトル 『考えていたことを、もう一度考えながら読んだ。』になる(^^;)

中心登場人物は、
コペルという呼び名の主人公である僕
コペルの母方の叔父、ノボちゃんこと染織家である武田登
コペルの愛犬、ブラキ氏ことゴールデンリトリバーのブラッキッシュ
コペルの幼なじみ、ユージンこと優人(まさと)
ユージンのいとこ、ショーコ
ショーコの先輩、インジャ
米谷さん、召集令状が来たが洞窟に隠れて徴兵制に従わない方法を選んだ人。イワナ屋のご主人の友だち。



コペルの本名は明かされていない。こんな場面が出てくる。
 コペルというのは僕のあだ名だ。この叔父、ノボちゃんが最初にそう呼んだ。(中略)叔父につられてまず家族が僕をそう呼ぶようになり、友達までそう呼ぶようになり、いつのまにか僕自身もこの名前で呼ばれるとそれは即ち自分のこと、と認識するようのなった。名前って不思議なものだ、と思う。
 この感慨はずいぶん昔から僕の胸に(頭か?)去来してきたものだ。「世界って、そもそも物に名前を付けようとしたことから始まるんじゃないか……でもその前からも、名前なんて関係なしに世界はあったはずだよなぁ」(中略)「お、コペルニ的「反」回転」と、こちらを振り返って、「それ、ちゃんと書いておけよ、コペルくん」(中略)ノボちゃんは、僕の年頃ってのは、いろんなことを考える力を持ち始め、かつ先入観や偏見少なく「考える」ことに取り組める貴重な時期で、人生に二度と巡ってきやしない。そういう時期に考えたこと、感じたことをきちんと言葉に残しておくことはとても意義がある、と答えた。

感慨深かった場面である。
偶然とはいえ「コペル」と名づけられたときに、その名付け親であるノボちゃんの言ったことが、先々、コペルにとって重要なことになっていく。

 今はあの日のこと、そしてその後分かったこと等、一連の、僕の人生に重大な影響を与えたと確信している出来事を書こうとしている。
 書くことは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。こうやって書いていくと、今までぼんやりしてとりとめもなかった考えが、きちんとした骨格を持った「端倪すべからざる」なにか、って気がしてくる。

拙いながらも、わたしもこうして本の感想を書いていくことで、このコペルがいうように自分の感じてきたものがどういうことなのか見えてくるようになってきたのだから。



『僕は、そして僕たちはどう生きるか』を読み始める前に、わたしが少しずつ読み進めていた本がある。
それは、コレ↓(現時点では1読済である)

14歳からの社会学―これからの社会を生きる君に (ちくま文庫)

宮台 真司/筑摩書房

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梨木さんの描くこの物語で、コペルとユージンの年齢も14歳なのです。

今回ここでは詳しくは書かないけれど、わたしが子どもの頃などは、恥ずかしながらこのような事を考えたことなどなかった。が、現在の社会を生きるためには一人ひとりが社会学をしっかりと学んでいかなくてはならないのだと痛感したのです。
そして、そのことに対して自分はどう感じてどう思うのか?を言語化出来るくらいに把握すること。
そうしていかないと、一見では見えない大きな群れ、大きな社会の流れに知らず知らずのうちに流されている事にも気づかない、気づいたときにはすでに事が進んでいてどうしようもない状態になっているのだ。だから、社会学を学んだ眼で社会を見て自分の意思をもって生きることが大事なんだと。

宮台さんがこの本の読者年齢に14歳とあげているが、その前に14歳の子どもをもつ親たちに向けても書いているのだと、この本を知ったときにそう話されていた。親経由、子行きね。

うーん、子どもが14歳のころからはや10年。(汗)自分が14歳の年齢から40年?(大汗)
それでも、今からでも学ぼうと思う!


梨木さんの本にもどろう ^^;

コペルが「どっきりカメラ」みたいなものになぜだか嫌悪感を感じることは、こういうことなのかもしれないと言語化出来た場面がある。
実験している感じ。やっている本人に明確な悪意はないんだろうけれど、その「無邪気さ」を隠れ蓑にして、人を笑いものにする。そう、こいつのことみんなで笑おうよ、みたいな妙になれなれしさと媚び。人一人犠牲にして簡単に仲間意識を捏造しようとするお手軽さと無理無理さ。笑いの不健全さ。演出する方にも見せられてつい笑う方にも、後ろめたさみたいなものが必ずあると思う。後味の悪い笑い。
一人を
これは、私がとても嫌なことの一つでもある。
でも、うっかりぼんやりしていると、この凡庸の悪に流されてしまっていることになっていることがある。そうならないためには、自分は何をどう感じの自分の意思はどうなのかをしっかりと言語化できるような訓練も必要なのだろう。



 「普段ならなんでもない言葉でも、いろんな事情が複雑に絡み合って、変に意味深な刺激的な言葉になることがあるんだよ。コペルの母さん、戦争好きの政治家のこと、言ってなかった?最近勇ましい発言を連発している……」(中略)「きっとその辺りのこと全部、脳裏をよぎったんだと思うんだよ」と、思いやり深くそう言った。

先度、公共の公園とか駅とかに寝ている浮浪者の話になったことがある。
「自分の土地でもないのに勝手に使うのはだめだろう!」と言う人がいた。
ある人は「私は絶対にそういうのは許せない!」と声を荒く言った。
わたしは、「いろんな事情があってそうなってしまうこともあるんじゃないかな?」と言ったが、その人は、「家族を棄てて自分がそんな風に生きるなんて許せないんだ。無責任だと思う」と言った。
別の人が、「じゃあ、生活保護者も認めない派?」と訊いたら、「遊び回っているのに生活保護を受けているのはおかしいと思う」と言った。なるほど、それはそうだ思うとわたしも言った。

彼女の中には、自分は懸命に働いてやりくりしながら生活をしてやっとこう人並みの生活が出来るようになったのだ。それを、働ける身体があるのに努力もしないで放棄している態度に腹が立っているのだろうと思った。彼女の中にはそういう場合のイメージしか認識出来ていないのだとも思った。
見た目は健康そうに見える身体があっても、精神的にダメージがある人もいる。様々な事情や経験から人を信じられなくなって社会のなかで生きていくことが難しい場合の人もいる。それは、そうなった彼らだけが悪いのだろうか?なぜそうなったのか?そうなった理由やそうならざる終えなかった状況を知ることも社会を見る目の一つだろう。

「確かに他人の所有地に無断で入り込むのはいけないことだと思うが、あまりにも神経質過ぎるほど境界線を引きすぎるのはどうなんだろう。昔は、みんなで基地ごっこなんかして遊んだよね。今思えばあの場所は建築会社の資材置き場だっただろうし、草ボウボウはえた未開の土地のような場所だったけど誰かの所有地であったんだろうね。」と言うと、そうだね!と一同が同意する。
そういう中で育ってきたわたしたちから比べると、今現在の子どもたちは外で遊ぶことや遊び方に神経を使わないと生きていけない社会になっているね。とだけつぶやいた。

難しい問題だ…


梨木さんの本にもどろう ^^;


ユージンが不登校になる前、ノボちゃんと二人で染材集めに行ったときに迷子になり洞窟をみつけた。
その洞窟には当時読まれていたであろう本がいくつかあった。
その中には、まだ読める本もあってユージンの大伯父の蔵書と同じものがあった。

「なんていうか、大伯父がそこにいたような気がして、同じような本を同じような時期に読んでいた、ってだけで。本を読むって、不思議なことだよね。戦時中、そこで過ごした日々、っていうのが――何か、そこの洞窟とここの屋根裏が通じているような気がしたんだ。」

そうなんだな… 本を読むってスゴイって思う。
同じ本を読むことで、共感している自分の心具合が分かる。もちろん、微妙な違いも分かる。
それって、同じ体験をしても自分の中にある原体験の違いから感じ方が違うってこともよく分かる。
当たり前のことなのに、実生活ではそういうことを忘れてしまっている。

このユージンのような場合は一冊の本が繋ぐもので勇気づけられるんだな。
お婆ちゃんがなくなり、両親が離婚して、小学生の心にあまりにも無配慮であった出来事で心が折れてしまったユージンは、この屋根裏で大伯父の残した書物を読みながら、洞窟の人のことに想いを馳せ、戦時中のことなどを知るためにたくさんの本を読んでいたんだろうな……


「僕、覚えてる」
「ずっと一つのことを考えてただって、言ったんだ」
「そうそう」ノボちゃんが言った。「何か、哲学的なことだったよね。何だったけ」
ユージンは、ゆっくり静かに呟いた。
「僕は、そして僕たちは、どう生きるかについて」
洞窟に隠れ戦争中をやり過ごした米谷さんにイワナやのご主人が訊いた話を、ユージンは当時からずっと心に刻んでいたんだ。

山の開発から植物を守ろうと、この場所に再びお婆ちゃんと一緒に訪れた時
「米谷さんと山を歩いたとき、僕(ユージン)は思いきって、「あの洞窟で〈どう生きるか〉って考えたって聞いたんですけど」って話しかけた。そしたら、米谷さんは、「戦時中だったからね。自分の生き方を考える。ということは、戦争のことを考える、ってことと切り離せなかったんだね。でも人間って弱いものだから、集団の中にいるとつい、皆と同じ行動を取ったり、同じように考えがちになる。あそこで、たった一人きりになって、初めて純粋に、僕はどう考えるのか、これからどうやって生きるのか、って考えられるようになった。そしたら、次に、じゃあ、僕たちは、って考えられたんだ」って答えた」

ユージンは、米谷さんの言葉を胸に秘めながら、自分の頭で考え続けながらお婆ちゃんの意志をこの家で独り護ってきたんだろう。


ユージンが飼っていたコッコちゃんのことを、その真実を改めてこの日知ったコペルは、当時のユージンの心が折れたくらいの衝撃を受けた。
自分はなんと酷い人間なのか…
ユージンのコッコちゃんは、僕のブラキ氏と同じではないか!
当時のユージンの心を推し量ってやれるのは自分しかいなかったではないか?それなのに…と。

 そうだ。
 僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化すほど、ずる賢いからだ。
 これが、僕が長い間「カッコに括っていたもの」の正体だったのだろうか。

立ち上がれないほど打ちのめされた筈なのに、周りの状況を乱さないようにと無意識に普通に振る舞っている自分に気がつき、また、打ちのめされる。

この気持ち、わかるんだな…私も同じような経験があるから。
自分で自分が嫌になるんだなぁ


でも、今ならもっといろんな言い方で、「あのときのこと」が言える。あのとき何が起こっていたのか。
 あのとき、僕らが「つぶした」のは単なるニワトリ一羽だけじゃない。ユージンの「心」もいっしょに「つぶした」――これはショーコのお母さんが言っていた、「魂の殺人」とほとんど同じじゃないのか。
 こういうのって、つまり、全体主義の「初めの一歩」なんだろう。けれど、だからといって、じゃあ大多数がいけないのかというと、それも話が違う。ある種の「たくましさ」や群れでやっていく能力――協調性とか、思いやりとか―――は、そういう「大人数」のなかでしか、獲得できないから。ことは本当にデリケートなんだ。
 正直いうと、僕はあのとき、もしかしたら、杉原先生はユージンには確かに欠けていたそういう「たくましさ」――可愛がっているニワトリでもワシワシ食っていくような――を身に着けさせようとしているのかもしれない(そのときはこんな難しい言葉じゃなくて、単に、「これって結局、ユージンのためになるのかな?」と思っただけだったけど)、とも思ったりしたんだ。でもそれは、おかしいことはおかしい、って勇気を出して(たとえ語彙が足らなくて言い負かされるのが分かっていても)言えなかった卑怯者の、自己防衛のこじつけに過ぎなかったんだ。



この物語の中で、『インジャの身の上に起こったこと』と題して、コペルが後に知ったインジャのことを回想するように書いた文がフォントを替えて書かれてある。
こうやって書いていくと、今までぼんやりしてとりとめもなかった考えが、きちんとした骨格を持った「端倪すべからざる」なにか、って気がしてくる。ということだろう。
読んでいて涙が出る。酷いな…
でもこれは現実に起こっていることなんだ。

コペルの言葉を借りると(実際は梨木さんの声ですよね)
 これは、故意だ。
 それに気づいたときにはもう取り返しのつかないほど傷ついてしまっている。
ある本に巧妙に仕掛けられた罠

 読めば読むほど、気持ち悪さが付きまとった。その正体をきちんと言語化しなければならないと、腹を据えた。考えなければならない。それから真剣に、読んだ。そして考えた。彼は繰り返す、「普通」について。
「普通」という言葉はそもそも「一般的」という意味だ。だからこそ、日本人は「普通」という言葉に弱い。普通イコールみんな、ってなっちゃう。「だって、普通、そうでしょう」、みたいなことを繰り返し言われると、どうしてだか人は弱きになるのだ。これは戦時中の雑誌をよんでてもすぐ分かる。

 インジャは、何時間も「みんなこうする」とか「普通そうだよな」とか言われ続けた結果、自分で判断する能力を失ってしまって、自分自身の「魂を殺す」手伝いをしてしまった。

 この監督がやっていることはそれ以上だ。「魂を殺す」実験の記録。こういう設定にして追い詰めたら、人間はどうなるかという「妄想」を、現実にやった「実験」。戦争のときにナチスや731部隊がやったことと本質的には同じだ。

 人は、人を「実験」してはいけないんだ。

 そう確信したとき、僕は、自分がなぜ「どっきりカメラ」系統の番組が嫌いだったのか、その理由がはっきりと分かった。あの嫌悪感は「故なきもの」じゃなかった。そうだ。自分は何が好きで何が嫌いか。他人がどう言っているか、定評のある出版社が何を出しているか、部数の多い新聞がどう言っているか、じゃない、他ならぬ自分はどう感じているのか。
 大勢が声を揃えて一つのことを言っているようなとき、少しでも違和感があったら、自分は何に引っ掛かっているのか、意識のライトを当てて明らかにする。自分が、足がかりにするべきはそこだ。自分基準(スタンダード)で「自分」をつくっていくんだ。
 他人の「普通」は、そこには関係ない。






戦時中のあの空気と、ユージンのニワトリの件での教室の空気は、同じようなものなんだろう。
コペルが反省したようにユージンも「コッコちゃんをそういうことに使うのは嫌だ」と言えなかった。
 僕は集団の圧力に負けたんだ。ばあちゃんじゃないけれど、「あれよあれよという間に事が決まっていく」その勢いに流されたんだ。(中略)僕も集団から、群れから離れて考える必要があった、米谷さんのように。しみじみそう思って、決行したのがそれからしばらく経ってからだったから、あれがまあ、学校に行かなくなった理由だなんて、誰も分からなかったと思う。誰もまた、分かりたくもなかっただろうし」
ユージンはそんな思いを外にぶつけることをしないで、群れから離れて独り考え続けて屋根裏で自分の心と向き合っていたのだろう。
後にインジャがこう言う「……泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」
インジャも独りここで考え続けて自分なりの答えを見つけようとしてたんだろう。
そうしないと、次に進めないことは、わたしも知っている。



コペル・ユージン・ノボちゃん・ショーコ 会話の中であ・うんの呼吸というような暗黙の了解もあり、相手の心を思いやって言葉に出来ないこともある。
この日一日で、ユージンやインジャの心はずいぶん安らかになったのではないだろうか?

人は弱いものだ。群れの中でいると安心する。
それもありだろう。ただの羊ではなく人間として生きて。
コペルたちの凝縮された一日の物語が私に教えてくれたこと。
「こんなとき君はどう生きるのか?」と問われたような気がする。
自分の五感に感じたことはなんなのか?意識のライトを当てて明らかにする。そして自分の頭で考えそのことは自分自身で掴んでおこう。


長くなってしまった^^;

読んで、感じて欲しい。梨木さんが何を訴えているのか?
知って、考えて欲しい、自分の頭で。
強くそう思った一冊の本との出逢い

そのきっかけになってくれた『氷河ねずみの毛皮』の絵本に描かれている帆布の上着の男は、成長したコペルの姿を思い重ねたのかもしれないなぁ…どうなのかな?梨木さん♪
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』の表紙を眺めながら…





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寒い日、暖炉の火って暖かいんだよね。
コペルたちの焚火もこんな風に燃えていたんだろうね♪




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by sakura8sakura | 2017-10-08 16:10 | 読書
  

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