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梨木香歩『鳥と雲と薬草袋』で感じたこと その2

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鳥と雲と薬草袋

梨木 香歩/新潮社

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峠についた名まえ
25 星峠 ほしとうげ

 棚田のある風景が好きで、時折見に行く。夏は水田を渡る風が緑の波をつくり、秋には長い陽の光が稲穂を黄金色に輝かせる。こういう風景に深い喜びを感じるのは、農耕民族ならではだろう。 

ギャラリーに通っていたころに棚田の風景写真を何度か見たことがある。ああ、日本人ならではのものだなぁと感じたものです。段差のあるあんなに狭い土地に、形も広さも様々なのに気持ちよいくらい整然と並ぶ。水を張った棚田に空が映る。点在する家の灯りが醸し出す幻想的な風景。実際に見たことがない私だけど、梨木さんの言葉でそよぐ風を感じた。自分の目で見てみたいなぁ…

 昔はきっと、暗い峠道を登り切った旅人が、真上に開けた夜空の星々の輝きに思わず足を止めたことだろう。そんなことを連想させる名まえだ。

星、月の名の付く峠に想いを馳せる。

 峠の名まえは月出峠。月は変わらず静かに登っていただろう。




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岬についた名まえ
32 佐田岬
 四国の地図を見ると、左肩下がり気味のところ、タコの足を干涸びさせたような細いヒモ状の突出部分が見える。

 ミサキ(ミは接頭語)のサキ、あるいはサクという言葉には、目の前でどんどん展開していく景色、新しく開けていく状況、というような意味がある、と何かで読んだことがある。咲くにしても、裂く、にしても。大地が裂けて、新しい芽吹きが展開するような、そういう変化にとんだ先端性のようなもの。目的のために押し進められる力。
 さきへ、さきへと岬の先端まで辿り着いて、鳥ならば飛べもしよう、魚ならば泳ぎもできよう、けれど人は、そこからどこを目指すのか。岬に辿り着いた人は、一様にしばらく声もなく呆然と海の彼方を眺める。
 さあ、ここまでだよ、と限界を知らされることは、人にとっての救いではないだろうか、行き過ぎた文明の末路が目の前にちらつくようになったここ最近、特に思う。もうここから先は行けないのだ、と悟ることは、もうここから先には行かなくてもいいのだ、と安堵にすり替わる。
 尤もそのとき私は、国道197号の四国側終点三崎港からフェリーに乗り、さらに佐田岬半島の先端部分に沿いつつ、遙か対岸の佐賀関半島の関崎へ向かったわけなのだが。そんな綱渡りのようなことをして、きっと人類はそれでもなんとか先へ進もうとするものかもしれない。

伊方原発はこの佐田岬の根っこ部分にあります(ここ)は、四国を縦断する中央構造線上にあるのです。きっと、梨木さんはこのことを憂いているのではないかな… それでも、人類はなんとか先へ進もうとするのかもしれない。と……



谷戸と迫と熊
36 水流迫 つるざこ

 「迫」は、東日本で使われる「谷戸」や「谷」の代わりに、同じような条件の土地を示すのに西日本で多く使われる地名(や、地名の一部)である。広辞苑では「(関西・九州地方などで)谷の行きづまり、または谷。せこ。」とある。だが地形的には確かに「谷戸」とよく似ているが、状況が急迫しているただならなさが、「迫」にはある。
 すぐそこまで差し迫る山。夜の闇の深さも半端ではない。だが谷戸と同じように水に恵まれ、山の幸にも恵まれる。里山、というよりももう少し山に近い。けれども明らかに山ではない場所。ここまでは人の住むところ、そこから先は人外のもののテリトリー。そういう境界性が、「迫」という一字ににじみ出ている。

 水流をツルと読むのはなぜだろう。桑水流、上水流、下水流など、南九州にそういう名字が多いように思う。関東の方に都留という地名があり、これもツルと読ませるが、関係はあるのだろうか。それは鶴や蔓とも繋がってくるのだろうか。
 こういうことを考え始めたらきりがなく、ああでもないこうでもない、とほとんど丸一日が過ぎていく。古代の人びとの心情に近づこうとして、気づけば締め切りが過ぎていく。


ここまで読んできて、この姿が私のイメージにぴったりの梨木さんがいました。(*´∀`*)
大好きなんだなぁ…こういう人が、わたし ♪
とっても親近感が湧きました。

この「谷戸と迫と熊」篇は、梨木香歩さんの日常が垣間見れたように思います。



晴々とする「バル」
39 長者原 ちょうじゃばる

 谷戸や迫は陰影深く、生物相も豊かなところだが、やはり日の上るのは遅く、沈むのは早い。陰気か陽気かと訊かれれば陰気なところかもしれない。それと正反対に、○○原と呼ばれるような土地は、高台でいつも陽が当たっている印象だ。原をハルと読ませるのも九州地方に多い。生命力の漲る春、張る、という意味があるのだろう。「原」も晴れがましい上に、そこに「長者」がつけば、なんだかめでたくて住んでいるだけで、長生きできそうな地名である。

 この、言葉からの連想、これまでもたくさん書かれています ♪
 長者原にまつわる民話のお話がこの後に書かれていて、ずっと気になっていたことを今回のこの機会にと調べられて、長年の謎が解けて、爽快である。と締めくくっています
(*^-^*)


42 催馬薬 せばる
 催馬薬のサイがセに転訛するのは鹿児島ではありそうだが、原という字ではににもかかわらず、バラという音をバルと読むということは、これもまた、やはり、バラで終わるより、バル、と言い切るほうが、心性にあっているということなのだろうか。語尾のちょっとしたディテ-ルにこそ、生き生きとした「らしさ」が現れていて、興味は尽きない。

 ねっ ♪ こういうところに目を向ける。そして、この前向きで楽しむ生き方を見習いたいなって思います。



いくつもの峠を越えて行く
43 山越え やまごえ
 山越も、昔は曲がりくねった細い道で、次から次へとカーブが続くと、思わずためいきとともにビートルズの曲の一節、the long and winding road (長く曲がりくねった道)、を口ずさむのが常だった。

 比叡山から東山の辺りは花崗岩とホルンフェルス(花崗岩が熱いマグマとして噴出してきたとき、周囲の堆積岩と接触した部分が硬く焼けて変質したもの)で出来ており、そこに桜石という名の石が現れることがある。名の由来は、石を割った面から暗く艶のある模様が見え、それが桜の花びらによく似ているためである。ときにはまるごと桜の花の形をしたものも出てくることがある。正式な名まえは菫青石仮晶という。それもまたうつくしい。
 腐葉土のふかふかした下りの登山道を、水の流れる音を聞きながら、桜石の出てくる場所を探して歩いた。石に夢中になっていた時代であった。
 今、机の引き出しにはこのときの桜石の欠片が転がっている。約9800万年前ドラマティックな生成過程を経て、ここ千年ほどは山越する人びとの数々のドラマを見てきた桜石。だが私の死後遺品を処分する人は、きっと一顧だにせずゴミに出すだろう。そう思うと不憫なので、機会があったら生まれた場所へ返しに行こうと思っている。

梨木さんは、1959年昭和34年うまれで、わたしの年齢とあまり大きく違いがない。
ふと、こうした場面で自分の死後を思うときがある。そういうお年頃になりつつあるのですね。
自分の死後というよりは、残った人のことというほうが合っているかもしれない。
自分のもち物に対する想いは自分の中にだけ残るのだろう。それでいいと思う。
梨木さんの桜石のような自然物は自分の手で元のところ、歴史の中へ、在るべきところへ帰してあげたいと思う心に、また、惚れ惚れした。
一歩一歩登ってきた山を越え、いま下る道にあって、少しづつ荷物を下ろしながら終えるときには身も心も軽く自然に帰りたいと思います。





島のもつ名まえ
49 ショルタ島 しょるたとう

 今まで旅した中で一番素朴な名を最後に取り上げたい。それはアドリア海に浮かぶ島、クロアチアのショルタ島にある港の上の村の名である。

 最初の本土から人が渡って住み着いたのは、港の上の方にある村らしい。この村の名まえが、日本語で言うと「上の方」というのである。古代、それで十分用が足りたのだろう。以来何千年も、その村は「上の方」と呼ばれている。
 それが地名というものの本来の形なのだろう。その場所を呼ぶに必要があるとき、誰もが分かる形でそこを表す。それに文化的な修飾がついたり、中央集権的な記号性の高いものへ取って代わったりする。

 「上の方」村には咲き匂う野生のハーブの花を求めて養蜂業者も住み着いた。ここの野生のローズマリーの花の蜜は絶品だ。「上の方」という名の胃マージは、そいう薫り高いものになりつつある。地名も人名もおよそ名というものはそのように、長い年月をかけ本来の意味から自由に変化成長していくものなのだろう。

わたくしごとですが…
自分の名まえの由来、昔に母に訊いたことがある。
はじめに付けようとしていた名まえは「梓」、当時はこの漢字が使えなかったということで、新たな名まえを届けたわけであるが、全くもって原型をとどめていない今の名まえである。??? 後年、何を思ってこの名まえになったの?と訊ねると、近所にこの名まえの可愛い女の子がいて(母もしくは父の主観です。私もその方を知ってますが…そう?って感じ^^;)その子の名まえをもらったそうです。
 現在、アルツハイマーと診断されている母。名まえをもらったことを訊いたのは1年位前… どうなんだろう?付けることが出来なかった名まえの話は、私が中学生の頃に聞いてた(兄もこの話を知っている)が、この時には「梓」という名まえのことを母は全く覚えていなかった……

 現在、blog等で使っている「さくら」という名まえはとても気に入っている。「漢字」でもなく「カタカナ」でもなく「アルファベット」でもなく「ひらがな」であるということと、自分にとって転機の縁となった「桜」だから。自分の中にある「さくら」のイメージに合う人生を送りたいと思っている。



あとがき
 この葉篇集(掌篇よりはかなげなこの「葉篇」という言葉は、ある方の造語である)は、2011年から2012年にかけて西日本新聞で連載されたものである。文字通り葉っぱが降り積もるように、これまでの生涯で縁のあった土地の名を重ねていく連載にしようと思った。

 いつだったか、ずいぶん前のことだが、旅したことのある土地の名が、ふとしたおりに、「薬効」のようなものを私に与えてくれていると気づいた。「薬効」、と意識すればそれだけでまた、効果は倍増する。

 私の「薬草」がだれかの非常時、ささやかな当座のものであったにしても、同じように「薬効」を発揮しないとも限らないから。そうなれば、うれしいことだ。

 
一枚の葉が、ひとひら、ひとひらと降り積もるように… この本との出逢いもそう、いろんな出あい。「袖振り合うも多生の縁」、かつて勤めていた時の同僚がこの意味を教えてくれました。そんな縁を大切に重ねながら生きていきたいですね♪
 わたしの「薬草」ことば・笑顔が、だれかの「薬効」になれたら、とってもうれしいですね ♪




「袖振り合うも多生の縁」、おさらいしておきましょう。
出典元:http://kotowaza-allguide.com/so/sodefuriaumo.html

【注釈】人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという仏教的な教えに基づく。「多生」とは、六道を輪廻して何度も生まれ変わるという意味。「多生の縁」は、前世で結ばれた因縁のこと。「袖振り合うも他生の縁」とも書く。「袖擦り合う(擦れ合う・触れ合う)のも多生の縁」ともいう。『上方(京都)いろはかるた』『尾張(大阪)いろはかるた』の一つ。(袖の振り合わせも他生の縁)

【類義】一河の流れを汲むも多生の縁/一樹の陰一河の流れも他生の縁/袖の振り合わせも五百生の機縁/躓く石も縁の端/一村雨の雨宿り/行きずりの宿世


【英語】Even a chance acquaintance is decreed by destiny.(偶然に知り合うことも運命による)【用例】「ここでお会いしたのも何かの縁かもしれませんね。袖振り合うも多生の縁といいますから」


あら、わたしが聞き間違えてたのかと思ったけど、同僚が教えてくれたのは「袖擦り合う(擦れ合う・触れ合う)のも多生の縁」だったわ! 教えてくれた意味は、どんな小さな出会いも、あなたに必要な縁なのだから大切にしなければならないよってね^^





✿✿✿

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by sakura8sakura | 2017-08-31 15:13 | 読書
『鳥と雲と薬草袋』という本と共に

梨木香歩さんの『家守綺譚』をお借りすべく、図書館の書架を探していて出会った本。
手に取り、目次を眺めて微笑むわたし 本との出逢いって楽しい♪


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 机の前が窓で、窓の向こうが木立なので、四六時中鳥がやってくるのが見える。木立の向こうは(今のところ)建築物がないので、雲をうかべたときや何も浮かべていないときの空が見える。

こうはじまる『タイトルのこと』と題して、このコラムエッセイを書く依頼を受けてのテーマを『鳥と雲と薬草袋』と名付けたことが書かれてあった。


 鳥と雲(気象)の話なら、窓から見えるものでもあるし、大好きなものでもあるし、それを書く日々はきっと楽しいものになるに違いない。

いつか行った土地の名まえ、それにまつわる物語も、鳥や雲の話に合わせて、書けたらと思ってる。




一気に読むのが楽しみになった~♪

と同時に、私の頭の中は、嫁ぐ娘へ贈る手紙をなんと書こうかと思いあぐねていたのでした。


右側に目をやると、わたしの部屋の窓から見えるのは薄曇りの空と木々の緑。
鳥のさえずる声は聞こえるけれど姿はみえない (-_-;) 


 …… ページをめくる


『まなざしからついた地名』
01 鶴見 つるみ
 窓の向こうは乱層雲。前線を伴う低気圧が近づいていて、大気は荒れ模様。窓の外のシラカシの一群も、雨に打たれてひっそりとしている。

窓の外の模様を見て、梨木さんはこの荒れた天候の中を飛ぶ渡り鳥を想う
かつては鶴が飛来していたのではないか?そんな時代があったからこの鶴見という名がその名残だとしたら…と想いを語る。

02 富士見 ふじみ  
 冬場で空気が澄んでいるせいか、昨日、思いがけないところから富士を見た。

富士見という名の付く土地が全国に314座以上あるという。それぞれに思う心の中の富士山(日本一の山)を、我が土地のよく似た形の山に名付けた。そこには山に対する愛と畏敬の念を抱かせているのだろう、と。私もそう思った。




娘が産まれて名前をつけるときに思った想いを綴ろうか… と



名前のことなんで、ここに書くわけにはいきませんが(*´∀`*)

締め切り日は、明日! 先ほど、無事に書き上げることができました!(安堵)



 思うこと・・・

名まえを付ける
そこにある想いを大切にしたいな ♪







✿✿✿

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by sakura8sakura | 2017-08-29 16:20 | 思うこと
  

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